デザイン思考で新たな発見・価値を創造する「アンカーデザイン株式会社」木浦さんの考えるデザイン・リサーチのあり方とは
クライアントに新たな価値観の発見、創造を促すデザインサービスを提供している「アンカーデザイン株式会社」。今回はアンカーデザイン株式会社の代表で、日本におけるデザイン・リサーチのパイオニアでもある木浦幹雄さんにAND ON SHINAGAWAにご入居いただいているご縁で、運営事務局のサムライインキュベートがインタビューを行いました。
木浦さんは工業系の高専・大学院を卒業後、キヤノンに入社。CIID(Copenhagen Institute of Interaction Design)への留学を通してインタラクションデザインやデザイン思考について学び、帰国後はその経験を活かしてきました。キヤノン退社後はアンカーデザイン株式会社を立ち上げ、日本のデザイン・リサーチの発展に貢献してきた方です。木浦さんには日本においてデザイン・リサーチの現状と課題、コロナ禍の中で変わっていくワークスタイルの変化、そして今後のデザイン・リサーチの役割についてお話を伺いました。
デザイン・リサーチの日本における現状と課題は
サムライインキュベート(以下、省略):よろしくお願いします。早速ですが木浦さんは海外留学を通して、デザイン思考やデザイン・リサーチについて学ばれてきたと伺っております。木浦さんから見て、デザイン・リサーチについて、海外と日本ではどのような考え方の違いがありましたか?
木浦:日本と海外では文化的な違いもあって、重視する点がかなり異なっているという印象です。海外ではプロセスを重視する傾向があって、カスタマージャーニーマップ1つでも作成のステップが明文化されています。一方で日本の場合は、プロセスよりもアウトプットすること自体を重視する傾向があるという印象です。
例えば、日本ではカスタマージャーニーマップやリーンキャンバスなどのアウトプットを「まずは作れば良い」という考え方をされる方が多いですが、海外ではカスタマージャーニーマップの作り方にも細かなマニュアルがあります。
海外では人種も国籍も違う人同士がチームを組んで働くことが珍しくありません。異なるバックグラウンドを持つからこそ、プロセスを明文化しておく必要があるからだと私は考えています。
私の著書である『デザイン・リサーチの教科書』でも書きましたが、海外のプロセス重視のデザイン・リサーチについて重点的に説明しています。日本のデザイン・リサーチにもプロセス重視の考えを浸透させようという意図です。
デザイン・リサーチをはじめとしたアンカーデザイン株式会社(以下、御社)の取り組みについて、お伺いします。御社はデザインリサーチとプロトタイピングを強みとし、 新しい価値と機会の創出を目指す東京のサービスデザインスタジオとしてご活躍されています。体感としてもそうなのですが、御社のWebサイトを拝見すると、案件としては新しいコンセプト作りから始めるゼロイチのフェーズと、既存システムやコンセプトをアップデートする案件に大別できるように思います。御社の案件は、どういったものが多いのでしょうか。また、ゼロイチフェーズとアップデートのふたつで言えば、全体がどのくらいのバランスとなるのか伺ってもよろしいでしょうか?
木浦:半々くらいですが、コンセプト作りがわずかに多いという印象です。新しいコンセプト作りの案件についてはでは、新しいビジネスを始めるにあたってどういう顧客ニーズがあるのか、全く新しいコンセプトとしてどのようなものがあるか考えたい、などの案件を頂いています。既存システムのアップデートでは、業務改善や業務に使用しているシステム刷新についてのお話を頂くことも多いです。
業種としてはファッションブランドや飲食、コールセンター、金融などお客様の幅は広いですが、システムを導入するためにはどういう機能が必要か、顧客管理システムはどこまでできるべきか、顧客とのコミュニケーションはどうしていくかなど、検討すべきことは多岐に渡ります。
日本で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)
ありがとうございます。近年DXが進んでいますが、DX関連の案件はどのようなものがありますか?
木浦:DXの案件だけに絞ると、既存のシステムアップデートが4割、新しいコンセプト作りが6割くらいですね。そのなかでも、全く新しいビジネスを一緒に発見したいという案件もいくつかあります。
DXの案件でよくあるのが「DXを始めたいがどこから進めればいいのかわからない」というケースです。大企業ですとDX推進部を立ち上げはしたものの、「では何をすればいいのか」がわからずに悩んでいる方が多いと思います。そうした場合、まずは顧客と社員にとってどこがボトルネックになっているのか探ることからスタートしています。
なるほど。DX担当者がよく抱える課題を教えていただけますか?
木浦:よく問題になりやすいのが「テーマ設定」です。
私達の関わるクライアントは、顧客のニーズを漠然と「こうではないか」と把握していることは珍しくありません。しかし、その点をどう社内に共有し、問題意識として捉えるのか、ということで悩んでいるケースが多いようです。
そしてせっかく設定したテーマがあっても、裏付けるためのエビデンス収集に膨大な労力が必要です。「本当にそれが必要なのか」「なぜ必要とするのか」というはっきりした確証を持てないため、壁にぶつかって悩む人が多いという印象があります。
テーマ設定の明確化とそのエビデンスの裏付けが求められる中で、社内の承認を受けにくくなっている。それが担当者にとってネックになっているという認識ですか?
木浦:そのとおりです。会社側にとってはエビデンスがないと、つまり担当者の思いつきのように見えるアイデアに対しては、GOサインを出しにくいという事情があるのだと思います。
では木浦さんがそうした課題にあたった時、どういったアプローチで解決へと導くのでしょうか?
木浦:テーマが決まっている場合であれば、そのテーマの検証から入ります。そのテーマが現実的にあり得るのか、それとも現実的ではない妄想のレベルなのかということです。
まずリーンスタートアップにもとづくプロセスで進めることが多いのですが、テーマの想定したペルソナが本当にそのテーマに課題を感じているのか、ニーズがあるのかということ。つまり、カスタマープロブレムフィットを確かめるとこから始めていきます。そして課題の解決策やプロダクトが、本当にその課題を解決できるのか、つまりプロブレムソリューションフィットについて検証するという形です。
逆にはっきりしたテーマが決まっていなくて、企業側からとりあえずDXするようにという場合には、まず会社の顧客がどういうニーズやアセットを持っているのか、そのリサーチから入ります。会社ごとのターゲットの中心があるので、顧客がどういったライフスタイルで、どういうニーズを持っているのかを知らなければならないのです。そこから課題解決策のコンセプトを作ります。
テーマが明確でない場合は、テーマ設定、コンセプト設計、それからリーンスタートアップで一緒に実証していくという手順になるのですね。
木浦:そうなります。最初にやることはクライアントがどの程度やりたいことが定めているのか、そしてテーマに対してどれだけ検証を行っているのか確認することからです。クライアントによって出発点が違うのが面白いところです。
リモートワーク時代のデザイン・リサーチのあり方
コロナによってリモートワークが進んできましたが、御社のビジネスにはどういう変化がありましたか?
木浦:私達は元々インタビューを通じて顧客と話す機会が多いのですが、かなりライフスタイルの変化を感じています。例えば、これまでのようにオフィスを働く場として利用するのではなく、ショールームとして使う会社や必要な時だけ会社に行くという人も多いようです。
営業DXの案件では、これまでのようにアポをとって訪問という形ではなく、リモートに移行していこうとするケースもあります。その中で競合他社とどう差別化するのか、商材を訴求するにはどうしたらいいのか、という変化が起こっています。
これから新しいテクノロジーが生まれて、以前はビジネス街で見られた新人の名刺交換がリモート化されてくるのかもしれませんね。
木浦:そういうこともあるかもしれません(笑)。これまでのように商材の売り込み方、導入への意思決定、検討の仕方もオフィスで上司と相談という形ではなく、リモートで商品検討するという話も聴きます。デザイン・リサーチのアプローチも変化に合わせて行くことになると思います。
そうした中で御社のクライアントにはどんなタイプが多いのでしょうか?
木浦:プロダクトを持つクライアントが多いですが、それもテーマ設定によります。プロダクトを売りたいと依頼があったとして、私達はまずプロダクト全体を見るのです。そうするとプロダクトそのものは優れていても、営業担当者からすると売りにくいと思われるケースも存在します。
例えば、同じ営業担当社がより高単価で利益率が高く、売りやすいプロダクトを担当していることがあれば、どうしてもそちらを積極的に売ろうとするでしょう。あるいは部署として他の商材に対するノルマ・目標が設定されているなどで、対象となるプロダクトを積極的に売りたいと思えないケースもあります。その場合、営業担当の方が売りやすいシステム作りですとか、成績評価のシステムを変えるという提案をすることもあります。
プロダクトだけでなく人事制度まで、部門問わずに御社が入っているのですか?
木浦:私達はプロダクトとは会社全体として捉えるべきだと思っています。プロダクトとは顧客のライフサイクル全体から選ばれるものですから、プロダクトを捉える時も部分的に優れているところだけをフォーカスするのではなく、全体を1つとして見ないと意味がないのです。
デザイン・リサーチでプロダクト全体を捉える視点はキヤノン時代に培わせてもらったと思います。カメラやという商材は、プロダクト単体で優れていることももちろん重要ですが、レンズがどの程度のラインナップが揃っているか、アフターサポートがどの程度充実しているかも重要です。
例えばオリンピック等世界的なスポーツ大会で多くのプロカメラマンがキヤノンのカメラを使用するのは、大会会場にキヤノンがブースを出してプロカメラマンを手厚くサポートしてきた実績も重要なポイントかと思います。いくら機材のポテンシャルが優れていても、いざというときにベストなコンディションを発揮できなければ意味がありません。
スタートアップ企業との連携とデザインスタジオとしての役割
スタートアップ企業と協業することも多いと思いますが、どのような役割として入るのでしょうか?
木浦:顧客にはテクノロジーベンチャーが多いので、大企業との協業・PoCに弊社がサポートとして入ることが多いです。商品パッケージングのお手伝いをさせていただくこともあります。
協業・PoCでは単独での案件よりも複雑な課題があると思うのですが、御社の課題観と解決策はありますか?
木浦:私達はユーザー中心に、解決したい問題はなにか、問題を抱える対象はどこにあるのかを必ず押さえてから検証することを徹底しています。ここをしっかりと決めておかないと、話す内容がふわっとしてしまい、課題解決できずに時間だけが経過してしまうのです。
私達は協業する時、プロジェクトの最初にプロセスを提案し、どの段階でどういったアウトプットをするのか明確に出していきます。プロセスに関しては『デザイン・リサーチの教科書』にも書いてあるので、読んでもらっているとわかりやすいかもしれません。私達の強みは多くの顧客とのプロジェクトに参加する中で、かなりのノウハウを蓄積しているので、プロジェクトでもそのノウハウを生かした課題解決への道筋を提案できることだと思います。
最後に
今回はインタビューに応じていただきありがとうございました。最後にお言葉をいただけますか?
木浦:この1~2年ほどでクライアントさんの多くが私の著書『デザイン・リサーチの教科書』を読んでくださっていることがわかりました。そのおかげか以前は難しかったプロセスの説明が、今では共通認識として共有できてきていると感じています。
デザイン・リサーチというものが浸透してきていると実感しており、日々ありがたいことだと思っています。今後も尽力していこうと思います。
ありがとうございました。今後も木浦さん率いるアンカーデザイン株式会社がデザイン・リサーチを駆使して、ビジネスにどのような変革をもたらしていくのか期待しています。
アンカーデザインさんもご入居いただいている
AND ON SHINAGAWAはこちら🔽
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?