おはなし茶屋 第7話 よもぎの薫り
ジュ、ジュ……
軽快に進む横で1テンポ遅くジュ、ジュ…と音を鳴らす。
和菓子屋によるだろうが、私が勤めていたところではまんじゅうに押す焼印は全て手作業だった。ひとつひとつ人の手で丁寧に押す。焼印はひとつひとつ熱する。2つ、3つの焼ごてを冷えたら変え、冷えたら変えして押していく。ちなみに最初の「ジュ、ジュ……」は先輩で。1テンポ遅いのが50個に1つくらいのペースでやらかすけれど一生懸命な私だ。
引用:モノタロウ 焼きごての商品ページより
使用していたまんじゅうの焼ごてだが全てが鉄でできているので当たり前だが焼ごてを持つところまで熱がくる。冬の寒い時期は熱が来ても外気で冷えていくのだが、この季節になるとなかなか冷えなくなってくる。肌が職人のようにしっかりしていない私はよくやけどをしては布を手にまいて、でも布をまくと失敗が多くて。ずっと葛藤しながら頑張っていた。
私は幸運なことに焼印担当を1年目からやらせてもらったのだが、みなさん想像している通り、とんでもなく難しいのである。焼ごてを熱しすぎたりすればまんじゅうは黒焦げに。逆に熱するのが足りないと焼ごてに生地がついて焼印を押す面ががぴがぴになる。
失敗すれば当然商品もロスになる。1つ200円ほどなので最初は本当に罪悪感がすごかった。練習してなるべく減らすしかない、しかしそもそも変形などでロスになる練習用のまんじゅうに押すのと綺麗なまんじゅうに押すのでは訳が違う。何なら毎日の焼き上がりで感じが違う。こう……感覚なのだ。結局、頑張って早く上手になるしかない。一生懸命やりすぎてめまいを起こすこともあった。
なんてことはさておき。
焼印を押すまんじゅうはいくつかあったのだけど、私はこの時期に製造していたよもぎまんじゅうの焼印が個人的にお気に入りだった。ジュ、ジュ……という音とともにほんのりと少し焦げたよもぎが薫る。まんじゅうを蒸していることによるよもぎの薫りもすごいのだけど、それとは少し違う香ばしい匂い。柔らかい春の薫りの中に少し夏が見え隠れするような新緑の薫り。
毎日持ち場所が変わるため、ずっと焼印は出来ないのだけど、よもぎまんじゅうを作るときは少しわくわく、そしてドキドキしながら職場に行く。焼印のところに名前が貼られると小さくガッツポーズをして、朝礼の「よろしくお願いします!」もいつもより弾む単純な私なのであった。
大変なんだけれども心が込められるというか。展開が早く流れ作業のような場所でもあの空間だけは特別で。一つ一つ送り出すような気持ちになる。
さてそろそろかな、私の気分をあげるおまんじゅうが世の中にお目見えするのは。
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