ぼーっとしているだけで、脳が元気になるらしい。
私の唯一の特技は
いつでもどこでも、ぼーっとできることだ。
幼少期、祖父母と同居している時期があった。
祖父の家は
こじんまりとした和洋折衷の、平屋の一軒家だったが、庭は案外と広くて、様々な木々が植えてあったり、池があったりした。
物心つくかつかないかの頃
私の遊び場は、祖父の家の庭だった。
一番のお気に入りの場所は
百日紅(さるすべり)の木に登ってみる景色。
つるんとした木肌がひんやりして心地よい。
ちょうど子供でもよじ登れるくらいのところで
太い枝が二股にわかれていたので
そこに座って、のんびり時間を過ごしていた。
一つの雲をじっと眺めていると
少しずつ形が変わっていくのが面白かった。
わた飴のような雲が、人の横顔になり
龍になり、やがて散れじれになって
最後は風に流されて消えていく。
また次に流れてくる雲を眺める。
空を眺めるのに飽きたら
木から勢いよく飛び降りて
今度は池の前まで行き
しゃがみ込んで、水の中を泳いでいる
おたまじゃくしをじーっと眺める。
イチジクの木もあった。
実がなっていたら、勝手にとって食べる。
祖父の職業は絵描きだったので
庭にプレハブ小屋のアトリエがあった。
辺りを見回して、こっそりと忍び込む。
忍び込んだ、という記憶が残っているので
多分入っちゃいけなかったんだろう。
祖父の作品の良し悪しは
当時の私には全くわからなかったが
油絵具の匂いが立ち込めるアトリエの中で
ぼーっと時間を過ごすのが好きだった。
そういえば、
茶の間にモナリザのレプリカが飾ってあった。
どの角度から見てもこっちを見ているのが、怖くて、不思議だった。
田舎暮らしで、今のように習い事などもなかったので、小さい頃は時間が永遠にあった。
アウトプットの神様、精神科医の樺沢紫苑先生の著書『アウトプット大全』に、ぼーっとする時間は、良質なアウトプットのために必須の時間であると書かれている。
ぼーっとしている状態の脳内では、「デフォルトモード・ネットワーク」というものが活発に稼働しているのだそうだ。
デフォルトモード・ネットワークは、
いうなれば「脳のスタンバイ状態」です。
このスタンバイ状態において、
これからの自分の身に起こり得ることをシュミレーションしたり、
自分の過去の経験や記憶を整理・統合したり、今の自分が置かれている状況を分析したりと、いろいろなイメージや記憶を想起させながら、脳内で「自分のこれからをよりよいものにしていくための準備」を整えているのです。
デフォルトモード・ネットワークを
稼働させてぼんやりしているときの脳内では、通常の脳の活動時の15倍ものエネルギーが消費されているそうだ。
空いた時間をスマホで埋めるのはやめて、”何も考えない”をしよう。
人の身体は、つくづくよくできてますね。