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ソニカ、君といた日々
就職後すぐに車を買った理由は、正直、前向きなものではなかった。
「免許を取ってすぐ運転しないと忘れる」という焦り、業種的に車を知っておくべきだという義務感。
でも最後に背中を押したのは、車を持つことへのささやかな好奇心だった。
「車は物であって物ではない」
研修で聞いたその言葉が、妙に心に残っていた。
選んだのはダイハツ ソニカ。
納車の日、震える手でハンドルを握り、同期を助手席に乗せたあの日から、ソニカとの日々が始まった。
車での遠出は、社会人生活の片隅に、小さな冒険の記憶を刻んでくれた。
本当の意味でソニカが「相棒」になったのは、仕事が本格的に始まってからだった。
要領の悪さに苦しみ、将来への不安に押し潰されそうな日々。
ソニカはどんな場所へも連れて行ってくれた。
現実逃避のように山へ向かった夜、都会の喧騒を離れて見上げた星空。
広がる大自然の中では、悩みが小さく感じられ、気持ちが楽になった。
コロナ禍では、ソニカはさらに欠かせない存在になった。
外出自粛ムードの中、県内の山へ向かえば、そこには「変わらない自然」があった。
久しぶりに家族に会いに行く道中も、GOTOを使った友人との旅行も、すべてソニカが支えてくれた。
気づけば通勤も電車から車に変わり、ソニカとの時間が日常そのものになっていた。
炎上プロジェクトに巻き込まれた日々も、ソニカは寄り添ってくれた。
何もかもが嫌でアクセルを踏み込んだ日、爆音のヘビメタを流しながら帰った夜。
同期と林道で鍋をつつき、愚痴を言い合って笑った時間。
どんなに疲れていても、ソニカに戻るとホッとできた。ソニカは僕の避難所だった。
やがてプロジェクトが一段落し、VRの世界と出会った僕は、少しずつ前を向けるようになった。
新しい人々とつながり、自己肯定感が回復し、人生がまた動き始めた。
「車は物であって、物ではない。」
昔は理解できなかったその言葉が、今は胸に響く。
ソニカは僕にとって、家でも職場でもない、唯一無二の「居場所」だったのだ。
そして今、別れの時が近づいている。
ソニカを手放すという決断に、大きな悲しみと、たくさんの感謝がある。
君と過ごした日々は、これからも僕の中で生き続けるだろう。
この思い出を胸に、次の物語を探しに行こうと思う。
ソニカ、一番辛い時期を支えてくれてありがとう。また、いつか。