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露切 初陣

 先輩刀剣男士の乱さんに連れられて来たのは維新の記憶と呼ばれる時代の宇都宮だ。
 乱さんによると「維新の時代は遡行軍の戦力が少なくて初陣にはもってこいの場所なんだ。ボクやほかの人もこの時代で初陣をしたんだよ。」とのこと。
 主から賜った刀装を紐に括り腰に下げる。黄金色の玉に歩兵が描かれたそれは、身も心も軽やかにしてくれている。

「ねぇ、なにか、抜け道とかないかなぁ?」
 いち早く敵を発見した乱さんは敵の陣形を見破るとそう口にした。
 修行を経て極と呼ばれる姿になった乱さんでもそういう遊び心はあるのだろうか、そんな疑問を思い浮かべながら張り詰めた状態では力を発揮できないということなのだろうと思い納得する。
 常に緊張状態で本領発揮できないのは刀剣男士にとっても人間にとっても命とりなのに変わりはない。つばを飲み込み覚悟を決める。

「ボクと一緒に、乱れちゃお?」
 遡行軍の不意を突いた戦いの火ぶたが切られた。
 敵戦力は短刀三振り、いずれも刀装を一つもつけていない。
 戦いが始まってから驚いたのは乱さんの速さだ。先の台詞の数舜のちにはもうすでに一振り目の遡行軍短刀が折られていた。
 おそらく敵側ですらこちらの存在に気づけたかどうか分からなかっただろう。
 続けざまに僕も逆手に持った刃で一閃。刀装のおかげか敵に後れを取るようなことはなかった。
 こちらに気づいた短刀が勢いよく突っ込んでくる。僕は振り切った刃を防御に回すことが間に合わずにかすり傷程度の損傷を受けてしまった。
 受けきれないと損傷を覚悟した次の瞬間に感じたのは痛覚ではなかった。損傷はなく無傷っだったのだ。
 刀装の凄さを実感しつつ反撃に移ろうとした時、そこにもう敵の姿はなかった。
「こんなに近くに来ちゃったよ!」
 同胞の仇と言わんばかりに切りかかってきた短刀は一撃決め、追撃に入ろうとした時には離れた場所にいたはずのもう一振りの乱刃の男士によって刃を真っ二つにされていた。
 その一撃はさながら会心の一撃と言えるものだった。
 僕と同じ乱刃の刀剣男士でも戦闘経験と修行によってこんなにも練度に差が出るのか、驚きと同時にこうなりたいと強いあこがれを抱いた。

「この先、砥石がとれる場所があるからちょっと寄っていこうか、本丸で使う資材を集めるのも出陣した男士の仕事だよ。もちろん戦いで邪魔にならないように少しだけね!」
 本丸では男士の顕現や刀装の作成、戦いで負った傷の手入れにも資材は使われる。自分の集めた資材がいつか自分を癒すと考えれば持って帰らないという選択肢はない。
「あはっ!みーつけた!」
 場所は風化で削られて地層が見えるようになっている場所だ。火山由来の凝灰岩や長い時間の流れによって形成された堆積岩などが見える。
「でも、どうやって選べばいいんでしょう?」
 顕現してまだ数日と経たない僕にはどれが砥石に適しているかなんて全く分からない。
「君もボクと同じ刀剣男士なら、すぐに分かるよ」
 妙に色気のある笑みを浮かべながらそう言う乱さんに僕は苦笑を浮かべるしかなかった。ああいう小悪魔みたいな態度が主様を魅了するんだろうな。
 適当な石を手に持つとすぐに乱さんの言っていた意味が分かった。
 言葉にするとなんとも気持ちが悪いが自分の刀身との相性みたいなものがすぐに分かる。
  天然由来の刃への当たりのやわらかさ、砥石としてのキメの細かさなどが驚くほどによくわかる。
「鶴丸さんが見たら満足しそうな良い顔!」
 いつの間にかこちらをみていた乱さんがにこやかな表情で笑っていた。こういういろんな表情を見たいから主様は乱さんを近侍にしているのかな。
 少しだけ主様の気持ちが分かった気がした。

 それまで順調に進んでいた出陣に異変が起きたのは道を逸れて拠点を構えていた遡行軍を排除しに行った時だった。
「妙ですね。敵の姿が見えません。この場所であっているはずなんですが、あれはっ…」
「まずいことになっちゃったね~しばらく見かけなかったから大丈夫だと思ったんだけど…」
 見えた光景は遡行軍が青い気迫を纏った部隊によって殲滅されている様子だ。
 検非違使だ。正体不明の第三勢力、本来の歴史のために時間に干渉するものを全て敵視する存在。
 遡行軍の隊長だったのであろう脇差が薙刀によって切られると、その部隊がゆっくりと偵察をしているこちらに振り向いた。
 やるしか、ないようだ

 偵察した効果があり陣形は有利、地の利もこちらにある。
 乱さんは標的を決めると矢の如く飛んでいき、間合いを図っていた太刀の懐に入り込み仕留めた。
 僕も続こうと脚に力を込めた瞬間、鋭い痛みが腹部を貫いた。
 刀装が砕け散り一切の守りのない身体からだに風穴が開けられた。
 早い、早すぎる。一切の抵抗も出来ずに槍で貫かれた。
 石ころ1つでも投げつけられたら折れてしまう寸前の状態で何とか意識を保っている。
 僕を無力化した槍兵は興味を失ったように槍を引き抜き乱さんのほうへと向かっていく。左手で傷口を抑えると同時に体から力が抜け膝を付く。
「こんなところで、折れるわけには…」
「露切くんは撤退して!」
 乱さんからの指示が来ると力を振り絞り戦闘領域から撤退する。
 戦の道具でありながらその役目を果たせない。見ているだけしかできない状態はどてっぱらに開けられた傷よりも苦痛だった。

 戦況は悪化していく。
 乱さんは持ち前の機動力を生かして損傷を抑え、器用に立ち回っているが、検非違使の部隊は隊長格の長柄の槍が一振り、大太刀が一振り、槍が二振り、薙刀が一振り。
 攻撃をいなして薙刀の大振りの後の隙を狙い仕留める。これでやっと一対四、戦況はいまだに劣勢だ。
 再び検非違使たちの猛攻が始まる。短刀は機動力を生かしてかく乱する戦法をよく用いる。
 極となった乱さんはある程度の白刃戦において正面から戦うこともできるようだけど、懐に飛び込まなければならない短刀に対して振り回して近づく隙を与えない大太刀、攻める際には連続で突きを繰り返す槍などは昼間の戦場においては天敵だ。
 いくら素早く動き回れるといっても、そういった刀種に囲まれてしまえば自慢の機動力は死んだも同然だ。
 もうすでに乱さんは押し込まれ、囲まれかけている。陣形はすでに崩壊寸前だ。
 こんな状況で乱さんは、笑みを浮かべていた…

「囲い込まなきゃこんなにかわいいボクひとりでさえ倒せないんだね」
 この状況で挑発?
 戦闘の構えを解き、隊長格の長柄の槍と向き合う。笑みを崩さない乱さんは 一歩近づく、その様子は検非違使に負けない気迫を放っているように見えた。
 長柄槍も一歩踏み出る。他の検非違使は構えはそのまま動きを止めた。
「二人っきりなら、ボクは怖いよ」
 その周辺に静寂が訪れた。
 両者が勢いよく駆け出すと乱さんは逆手持ちで刃を構え、長柄槍は迷いなく突きを繰り出した。
 互いの射程が交わった瞬間、雌雄は決したようだった。
 長柄槍は倒された敵たちと同様に霧散した。
 大太刀は距離を開けようと一歩後ずさり、槍も近接戦闘のために柄を短く持ち直す。少ない動作だが生存能力、得物の射程ともに優れる隊長格が正面から一撃で葬られたことに対して動揺したのが読み取れる。
「さあ、次はだれがボクに攻められたいの?」
 余裕の表情でそう告げる美少年の前に、検非違使は完全に戦意を喪失し、時空の歪みへと姿を消していった。
 形成逆転、一騎打ちからの完全勝利
「さあ、帰ろう。あるじさんがきっと心配して待ってるよ。」
 僕は刃生じんせいにおいてきっと乱さんに頭が上がらないだろう。あんな激戦をくぐり抜けた後にボロボロになった僕に手を差し伸べ気遣えるのだから。

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