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重なる出費と、消えた育休手当──お茶の間サポーターの嘆き
生活の中で突如襲いかかる「予想外の出費」というものは、まるで嵐のようにやってくるものだ。特にそれが一つや二つではなく、複数重なってやってきた時、そのダメージは計り知れない。私は今まさにその「嵐」のただ中にいる。
ことの発端は、個人的なクレジットカードの請求が18万円近くに膨れ上がったことである。これを知った瞬間、正直なところ心が少し死んだ。いや、少しどころではないかもしれない。なぜここまで膨れ上がったのか──その主因は大きく二つある。一つは車の修理代、もう一つは推し選手のユニフォーム購入である。
修理代と自分の過失
まずは車の修理代だ。
金額は約11万円。家庭の車は普段から家族で共有しており、地方都市の生活には欠かせない存在である。
しかし今回の修理は、完全に私自身の不注意が招いた結果だった。そうなれば当然、夫に負担をお願いするのは違うと感じた。
たとえ家計が一つであるとしても、これは私個人の責任で処理するべき問題だと考えている。
ただ、11万円という金額は決して小さくない。特に育休手当が限られている今の状況では、その額はなおさら重くのしかかる。
手当は貴重な生活費の一部である。それが一気に修理代に吸い込まれるとなれば、心が痛まないわけがない。
移籍の報せと「神ユニ」
もう一つの出費は、アルビレックス新潟の推し選手である長倉選手のユニフォーム購入である。
金額は約2.7万円。このユニフォーム、通称「神ユニ」と呼ばれる、勝った試合ごとに良いプレーをした選手が描かれた記念のユニフォームだ。
私にとっては憧れの一品だった。だが、この購入には、少し複雑な心境が絡んでいる。
私はもともと長倉選手のファンであり、去年のルヴァンカップで彼が4点を叩き出した試合を観た時には、その活躍に感動し「このユニフォームを手に入れなければ!」と衝動に駆られた。
そして勢いのまま購入したのだが、受注生産後、発送の連絡を受けたなんとその直後に彼の移籍のニュースが飛び込んできたのである。
ユニフォームが手元に届いた時、そこにはすでに長倉選手は移籍するというニュース。
「推すと居なくなる」という、ファンとしては切なすぎる私のジンクスをこれほど強烈に感じたことはない。
思い返すと、高価なユニフォームを手に入れた代わりに、彼のプレーをこれ以上直接応援できなくなったことが、何ともやるせない気持ちを呼び起こすのである。
高い「勉強代」として
こうした出来事を経て感じたのは、今回の出費は自分にとって非常に高い「勉強代」になったということだ。
車の修理にしてもユニフォームの購入にしても、どちらも必要性や感情に突き動かされての判断だった。
しかし、それが結果として家計や自分自身の精神面に負担を与えたことを考えると、次回以降は冷静に考えるべきだと痛感した。
特にユニフォームについては、「買う前に少し時間をおいて考える」という癖をつけるべきだったかもしれない。
熱狂的な感情に身を任せることもファンの醍醐味ではあるが、それが後々の後悔につながるようであれば、少し立ち止まる勇気も必要だ。
お茶の間サポーターとして
私自身は現地に足を運ぶ機会が少ない「お茶の間サポーター」である。
だからこそ、ユニフォームや関連グッズの購入を通じて選手やチームを応援したいという気持ちは人一倍強い。
しかし、今回の出来事を通じて改めて感じたのは、「応援の形は一つではない」ということである。
直接的な経済的サポートも大切だが、選手たちの活躍を心から喜び、応援する気持ちを持ち続けることもまた、立派なサポートの形だ。
まとめ
今回の一連の出来事は、私にとって出費の大きさ以上に多くの学びをもたらした。生活の中での優先順位や、家計の管理、そして応援のあり方──これらについて改めて考えるきっかけとなったのである。
お茶の間サポーターとして、私はこれからも自分なりの形で応援を続けていくつもりだ。そしてその過程で、もう少し計画的に、もう少し冷静に物事を判断する力をつけていきたいと思う。
推しを応援することは楽しいが、それと同時に、長く応援し続けるための工夫も必要なのだ。
以上、心が死にそうになりながらも、それでも前を向いて進んでいこうとする一人のサポーターの記録である。