
(Science Fiction) 脳室に巣食う“彼ら”
脳室の解剖資料を作成していて、なんだか宇宙人みたいだな。。
なんて思ったことがきっかけで、ChatGPTさんにお手伝いいただきミニSF小説をつくってみました。お遊びです。
脳神経学の研究室で助手を務める主人公が、偶然目にした謎の資料と衝撃的な映像。その先に浮かび上がったのは、私たちの脳の奥深く──脳室に潜む、正体不明の“彼ら”でした。
「もし本当に脳の内部から操られているとしたら?」という不安がじわじわ広がるSF短編です。未知との接触と恐怖、そこに隠された魅惑的な誘惑をご堪能ください。
私がその真実に気づいたのは、大学院の脳神経学の研究室で助手を務め始めてから、半年が経とうとした頃だった。ある晩、教授の机の上に山積みになっている論文の束を整理していると、そのなかに奇妙な記録が紛れ込んでいるのを発見した。手書きのメモ書き程度のもので、はじめは落書きか何かだろうと思っていた。ところが、その行間からうかがえる異様な熱量に釘付けになり、私は思わず読みふけってしまったのだ。そこには「脳室系(のうしつけい)」と題され、まるでその存在が何か邪悪な意図を持つかのように記されていた。脳の第四脳室や側脳室などの構造を示す簡素なスケッチの周囲に、不自然な文言――「侵入」「共鳴」「同化」――が書き散らされている。さらに、その文字の合間には暗号かと思わせる幾何学的な図形が並び、一見するととりとめもない走り書きにしか見えなかった。しかしそのメモには凄まじい怨念のようなものが染みついており、私はなぜか目が離せなかった。
メモの署名は「S・カサハラ」。だが学内の研究員リストを調べても、そんな名前の人物は見当たらない。仮名かもしれないし、あるいはこの研究室にかつて在籍していたのかもしれない。気になった私は教授のデスクや引き出しを漁ってみた。教授は私を信頼しているらしく、見られたら拙いような文書も鍵もかかっていない。その結果、奇妙な書類がいくつか出てきたのだ。そこには「脳室系の活性度」と題されたデータが並び、不思議なコードネームらしきアルファベットと数値が羅列してあった。「E17」「R19」「H03」などというのが脳波を表す数値や脳脊髄液の状態のレポートと併記されている。そして、その最下部には気味の悪い三行の文が走り書きされていた。
「脳室系は“彼ら”の基盤。
“彼ら”は人類に寄生する。
やがて我々は“道具”となる。」
私はゾッとした。脳室系といえば脳内で脳脊髄液の循環を司る部位で、さまざまな生理学的役割を果たす。学部時代からその名称には馴染みがあり、研究対象の一つとして普通に知っているものだ。しかし、この書類が示唆しているのは、脳室がまるで何者か――「彼ら」という正体不明の存在――のための「器官」ないしは「侵入口」として機能しているかのような内容だ。荒唐無稽ではあるが、不気味な好奇心が私の中で疼き始めた。私の属していた研究室は脳神経系の中でも特に覚醒レベルや意識状態との関係を中心に研究しており、「脳室」を直接的に重点研究しているわけではなかった。にもかかわらず、なぜ教授はこんな資料を保管しているのだろう? その疑問が夜の静まり返った研究室で、私の胸を強く締めつけた。
翌日、私は教授にそれとなく脳室に関する研究について質問してみた。教授はやや驚いた表情をしたが、すぐににこやかに答えてくれた。「ああ、脳室系のデータかい? それなら昔ちょっとだけ興味を持って調べたことがあるんだよ。といっても今はほとんど手つかずでね。君が興味あるなら自由に見てもいいが、あまり時間を割くほどのものじゃないよ。」教授の口調からは敵意や警戒心など感じられない。むしろ面倒事を押し付けられるのを避けるような投げやりさすらあった。私は教授の言葉をそのまま受け取ろうとは思わず、しかしそれ以上突っ込んで尋ねるわけにもいかず、一旦は手元にある書類をこっそり調べることに決めた。
夜の研究室は冷たく、蛍光灯の下で手元だけが白々と浮かび上がる。机の上には先日の手書きメモと「脳室系の活性度」と題された書類。それらを幾度も読み返すうち、私はある種の既視感に襲われた。それは学生時代に図書館で読んだ古い民俗学の書物に出てきた話と似ていたのだ。たしか、古代の伝説において「神が人間の頭蓋を割り、そこに神託の水を注ぎ込んだ」という神話があった。その記述に「神の水が流れる道筋を彼らは脳室と呼んだ」というくだりがある。まるで「神々が人間の意識を操るために脳室を作った」と言わんばかりの内容に、当時は眉唾ものだと思っていた。しかし今、手元の文書を照らし合わせると、奇妙な説得力が生まれてくる。脳脊髄液はただ脳や脊髄を保護するだけでなく、何らかのメッセージやエネルギーを運ぶ伝達液なのでは? そう思うと、自分の呼吸がどんどん速くなってくるのを感じた。
さらに調べを進めると、教授の書類の中から奇妙な音声波形が記録された資料が出てきた。それはマイクロメートル単位で脳室内部の振動を測定したという実験結果を示すもので、波形のピークが一定の周波数帯で不自然な規則性を持っていた。まるで誰かの声をモールス信号のように符号化したかのようなパターンだった。一連の波形は「E17」「R19」「H03」といったコードが付与された被験者の脳内で観測され、その一部には通常の脳波ではあり得ないほど強いピークが現れている。まるで脳室そのものが何らかの情報をキャッチしているかのように。私は実験条件の詳細を知りたくなり、さらにデスクやキャビネットを探した。
夜も更け、研究室にある古い鍵付きの戸棚を開けると、そこには埃を被ったDVDディスクが数枚。ラベルに「脳室系プロジェクト記録映像」と手書きされている。心臓が高鳴るのを感じながらノートPCにディスクを挿入してみると、埃っぽい映像が再生された。画面にはいくつかの実験場面が映し出されている。無機質な白い部屋の中央に、脳波測定用のヘッドセットを装着した被験者が座っており、その周囲を白衣姿の研究者らしき人々が取り囲んでいる。音声は雑音混じりで聞き取りづらいが、ときおり「同調」「同期化」「共鳴」という言葉が拾える。やがて被験者の脳室部位のMRI映像が画面に切り替わると、研究者の誰かが「鮮明に見える…」「まるで何かが動いているかのようだ…」と呟いている。
その瞬間、映像が一瞬ノイズにまみれ、画面が乱れた。次に映し出されたのは、正面をぎょろりと見つめる被験者の目だった。その目は何かに憑かれたように瞳孔が開き、絶えず震えている。すると被験者の唇がわずかに動き、小さな声が聞こえてきた。「われわれはここにいる……われわれはつながる……」耳をすませば、被験者の声質というより、何者かが被験者の声帯を使っているような違和感がある。被験者がそう呟いたあと、周囲の研究者たちはどよめき、慌てたように何か操作を始めた。画面越しに伝わってくる空気の異常性に、私の背筋は凍る。すると映像が急に暗転し、そこで記録は終わっていた。
息を呑んだまま、私はPCの画面をじっと見つめ続ける。頭蓋骨の内側をゾワゾワと這い回る得体の知れない感覚。脳室内部に何かが存在する――そんなことを考えただけで、理性が警報を鳴らし始める。しかし、すでに私は引き返せないほどその謎に惹かれていた。「脳室系は“彼ら”の基盤」「われわれはここにいる」という言葉がぐるぐると脳裏を回る。いったい“彼ら”とは何なのか。そして、脳室が人間の意識とどのように結びついているのか。疑問は尽きないが、このままでは眠れそうもない。
翌日、私の行動は半ば衝動的だった。教授が出張に出かけて不在であるのをいいことに、研究室の機器を勝手に使い、こっそり自分の脳室をMRIで撮影してしまったのである。誰もいない研究室、暗い部屋に響く機器のうなる音。息苦しいほどの静寂の中、私は自分の頭をスキャンし、結果をモニターに映し出した。そこには私の脳が精密に写し出され、もちろん脳室の形状も鮮明に見える。何の変哲もない、教科書通りの脳室……のはずだった。だが、よく見ると、側脳室の端のあたりに何か奇妙な陰影がある。とても微細で、よほど注意深く観察しなければ見逃してしまいそうな小ささ。それはまるで脈打つようにほんのかすかに揺れ、一瞬だけ視線の端を捉えては消える、そんな幻影じみた像だった。
神経が昂っていたからだろうか。私はそれを見ているうちに奇妙な息苦しさと動悸を覚え、その場で意識を失いかけた。頭の中に「ザザッ……ザザッ……」というノイズのような音が響く。まるで電波を受信しているかのように、自分の脳内で周波数の合わないラジオが鳴りだした感覚に襲われた。苦しさから目をつぶり、ぐっと歯を食いしばると、その音が言葉へと変わっていく。「……われわれは……脳室を通じて……同調する……」自分が自分でなくなっていくような恐怖が込み上げ、その場でMRIから飛び出すように装置を降りた。汗だくになり、荒い息を整えながら、モニターを見返すと、今度は何も異常が映っていない。先ほどの陰影も消え失せてしまい、自分が幻覚を見たのかと疑いたくなった。
それから数日、私は日常の中で奇妙な既視感に悩まされるようになった。道を歩いているとき、買い物をするとき、誰かと会話をしているとき――ふとした瞬間に、自分の行動が誰かのシナリオ通りに進んでいるような錯覚を覚える。そして脳裏にはあの音、「われわれは……」という声の残響がよみがえり、鼓動が早まる。食欲は減退し、夜も満足に眠れない。悪夢から逃れられず、朝起きると疲労ばかりが蓄積している。まるで私の脳室の奥に巣食う何者かが、私を根こそぎ侵食しようとしているようで、恐怖は増す一方だった。
そんなある日のことだ。研究室に一通の手紙が届いた。差出人はS・カサハラと名乗っている。あのメモの署名と同じ名前だ。中には小さなUSBメモリと短いメッセージカードが入っていた。「真実を知りたければ、この映像を見よ。君はすでに“脳室系”の片鱗を垣間見たはずだ。教授の背後には“彼ら”がいる。気をつけろ。」私の手は震えていた。まさか、あの脳室プロジェクトに関わっていた人物から直接連絡が来るとは。相手はどうやって私の存在を知ったのか、そもそも今も生きているのか。疑問だらけではあったが、私は迷わずUSBを研究室のPCに挿し込み、フォルダを開いた。
そこに入っていた動画は一つだけ。ファイル名は「NoShitsuKei_Final」。再生すると、画面には廃墟のような建物が映し出され、ガタガタと揺れる映像が何かを急いで撮影している様子を伝えてくる。音声はしっかりしておらず、風や遠くの機械音が混じっている。その奥で、声が聞こえる。「こちらはカサハラ。時刻は……午後2時……実験棟跡に潜入した。ここには秘密のラボがあると聞いた……信じられないかもしれないが、この奥で“彼ら”に接触するための実験が行われている。」声は早口で、息が荒い。映像は薄暗い通路を抜け、何重もの扉を撮す。鍵が開いていたのか、カサハラは次々と扉を開けて進んでいく。やがて最後の扉を開けると、目に飛び込んできたのは信じ難い光景だった。
白い無菌室のような空間の中央に、巨大なガラス管が立っている。そこに満たされた液体は緑がかった透き通った色をしており、その中に人間が浮かんでいる……いや、人間のように見えるが、体の半分が何らかの異形の器官に置き換わっているようだ。その器官は脳室を肥大化させたようにも見え、管に繋がった様々なチューブから脳脊髄液のような液が出入りしている。カメラが揺れて焦点が定まらないが、何かが確かに動いている。恐ろしく不自然な生体構造だ。すると、カサハラの小さな声が聞こえる。「あれが“彼ら”の実験体……脳室系の最終形態……人間を改造して、脳室を通じて……宇宙からの何かを受信している……」カサハラの声が震えているのがわかる。私の背筋も凍り付き、心臓が早鐘を打つ。
その異形の存在は、カサハラたちが近づいたのを感知したのか、突然目を開き、ガラス管越しにこちらを見つめる。真っ白な眼球の中に奇妙な螺旋状の模様が浮かび上がり、そして口元がわずかに動いているように見える。カサハラは言う。「今……何か、声が聞こえる……脳の奥に直接話しかけてくる……これは……“彼ら”だ……」そこで映像はプツンと途切れ、再生は終わってしまった。私は息が止まったようになり、画面を見つめたまま固まっていた。カサハラが最後に言った「“彼ら”」の正体はいったい何なのか。宇宙からの何者なのか。それとも、この地球に昔から潜んでいた存在なのか。
翌朝、私は教授の机に一枚のメモが残されているのを見つけた。「きみ、最近やりすぎじゃないかね。勝手に研究室の機材を使うのは許可が要る。あと、脳室系の話は軽々しく外に漏らさないように。一応極秘扱いだからね。必要なら説明するが……くれぐれも気をつけたまえ。」教授の筆跡は穏やかだが、その文面には潜在的な警告が感じられた。これほど直接的に注意を受けるのは初めてのことだ。私は全身が震えた。教授も“彼ら”と通じているのだろうか。それとも、教授もまた脅されている立場なのか。疑心暗鬼の渦が止まらない。
その夜、家に帰ると突如として眩暈が襲ってきた。まるで誰かが私の脳室に直接触れているかのように、ズキン、ズキンと響く痛みがある。頭を抱え込んだまま倒れこむと、再びあのノイズ混じりの声が頭内に流れ込んできた。「……われわれは遥かなる星より……脳室を通じて同化する……いずれすべての意識はわれわれに収束し……われわれは“完全”となる……」おぞましさに抗うように目を閉じるが、それでも声は遠慮なく私の意識を侵蝕してくる。はじめはただの幻聴だと思っていたが、今ははっきりと違うと感じる。これは私の脳が受信している電波――“彼ら”が放つ信号なのだ。そう直感した瞬間、胃の奥から込み上げる嫌悪感とともに、私はうなり声をあげた。
翌朝、どうにか出勤はしたが、気がつくと教授が私のところに来ていた。顔色をうかがうようにして、そっと小声で囁く。「大丈夫かね? 少し痩せたように見えるが……」その声色にはいつもの暖かみはなく、どこか機械的な響きが混じっているように感じる。私の思い過ごしかもしれないが、教授の目がどこか虚ろで、何かを隠しているようにも見えた。そのとき、教授の左手が小さく痙攣しているのを目にして、私はゾッとした。まるで脳の指令が正しく届いていないかのような不自然な動き。それが「脳室からの指令」だとしたら……? 私は立ち上がると教授に言った。「少し頭痛がするので、今日は早退させてください」と。教授は無言で小さく頷き、私をじっと見つめた。
帰宅後、私は再びカサハラからの手紙を確認し、そこに書かれていた連絡先――使い捨て電話番号のようなもの――に思い切って電話をかけてみる。コール音は何度も繰り返され、やがて誰かが電話に出た。声は低く落ち着いた男性のものだった。「君が例の学生か。私の映像を見たんだな?」私は思わず息を呑み、急いで問いかける。「“脳室系”は何なんです? あれは本当に宇宙からの何かと繋がっているんですか? 教授は……?」すると男は静かに答えた。「ああ、君は既に“彼ら”の声を聞いただろう。奴らは人間の脳室を通じて情報をやり取りし、意識を支配しようとしている。ただし宇宙から来たのか、それとも地球の古代から存在していたのか、確たることはわからない。我々が知るのは、奴らは脳室を『宿主との接点』として利用するという事実だけだ。教授もすでに操られているかもしれない。気をつけろ。やつらは密かに人類全体を道具にしつつある。」
カサハラが続ける。「昔、私もあの研究室に所属していた。教授は最初、脳室の研究を通じて革命的な発見をしようとしていたが、あるとき妙な論文に触れたんだ。それは『脳室が宇宙的意識と交信するアンテナである』という仮説を提示していた。その執筆者は行方不明だったが、教授はその論文を追跡し、密かに“彼ら”と接触してしまった。最初は小さな声だったらしい。脳室の奥から届く微かな囁き。しかし教授はそれを無視できず、さらなる実験を行い……ついに“彼ら”の情報を完全に受信し始めた。そこからはもう後戻りできない。教授は奴らの意志を研究に反映させるようになり、多くの被験者に実験を行った。私は恐ろしくなって研究室を逃げ出したのさ。」
カサハラは言葉を切り、数秒沈黙した。電話越しの呼吸音が辛そうで、私はただ耳を澄ませるしかなかった。やがてカサハラは続ける。「奴らは単なる知的生命体とは少し違う。概念的な存在と言ってもいいかもしれない。脳室という構造が、どうやら奴らの波長に合うらしいんだ。そこを介して、奴らは人間の思考や感情を自在に操作できるようになる。古代から存在していたのだとしたら、神話や伝説に出てくる“神”や“悪魔”は、実は奴らだったのかもしれない。君が見た映像のあの異形の実験体は、人間の身体を奴らに適合させるための研究成果だ。完成すれば、脳室を通じて完全に“彼ら”と同調した存在になる。人類を奴らの下部システムにしてしまうんだよ。」
私は脳の奥が震えるような戦慄を覚えた。するとカサハラの声に、今度は少し焦りが混じる。「大丈夫か、聞いてるか? 聞こえているならまだ間に合うかもしれない。まずは教授のもとから離れろ。できれば今の身分を捨てて、できるだけ遠くへ行け。だが……どこに行っても奴らの電波は届くだろう。完璧な防壁は存在しない。結局、人類が脳室を持つ限り、奴らの干渉は避けられないかもしれないが、少なくとも時間を稼げる……」そこで電話が突然途切れた。通信が切断されたのか、カサハラが意図的に切ったのかはわからない。私は受話器を握ったまま、ただ呆然と立ち尽くした。
その夜、私は決心した。研究室を辞め、教授や大学から足を洗い、遠く離れた場所へ行こうと。何もかも捨てて逃げ出すことが最善の策だと信じたからだ。幸い実家は地方にあり、当面はそこに身を寄せることができる。だが、荷物をまとめて自宅を出ようとしたとき、窓の外に教授の顔があった。その顔は、私が知っている優しい教授のものではなかった。まるで感情が一切感じられない、能面のような無表情。その目はどこか遠くを見ているようで、焦点が定まっていない。私は悲鳴を上げそうになったが、なんとか喉の奥に押し込めた。そして教授はガラス越しに、かすかに口を開く。まるで脳室から送り出される指令を代弁するかのように――。
「きみは逃げても無駄だ……われわれはすべてを見ている……脳室は道標であり、入口であり、出口でもある……」
その言葉に身体がすくんだ瞬間、教授の姿はふっと消えた。まるで最初からそこにいなかったかのように。しかし私は窓ガラスにべったりとついた不気味な痕跡――何かぬめりけのある液体が乾いたような跡――を見つけて、ただ事ではないと直感した。このままでは私の命も危ない。私は無我夢中で外に飛び出し、タクシーを拾って駅へ向かった。こんな都市部は“彼ら”の支配がすでに進行しているに違いない。とにかく一刻も早く離れなければ。
駅に到着し、切符売り場に並ぶ。すると周囲の人々の顔が、どこか不気味に統一された表情を浮かべているのに気づいた。いずれも疲れた顔をしているように見えるが、その瞳の奥に同じ虚ろが見えるのだ。もしかしてすでに多くの人々が“彼ら”に操られ、私を監視しているのではないか。考えすぎかもしれないが、冷や汗が背筋を伝う。とにかく切符を買い、ホームに駆け下りる。電車が到着し、人波に押されながら車両に乗り込むと、車内の広告や電光掲示板がひどく眩しく感じられる。どの文字もまるで「われわれはここにいる」と書かれているようだ。頭痛が再び襲い、思わず額を押さえた。
電車の中で、私は窓に映る自分の顔を見た。そこに映っていたのはやつれた顔。目の下に隈ができ、どこか知らない自分のように感じられる。すると心の奥からまたあの声が聞こえる。「……逃げても同じ……脳室はそこにある……」 私は必死に耳をふさごうとするが、無意味だ。声は外部の音ではなく、脳の内部に響いているのだから。そう、私たちには脳室がある限り、“彼ら”との接触は断ち切れないのだ。電車が発車し、私はカバンをぎゅっと握りしめながら、外の景色が流れていくのをじっと眺める。いったいどこへ行けば彼らの干渉から逃れられるのだろうか。その答えは見えず、駅を次々と通過する車内で、私は孤独と恐怖を抱え込んでいた。
やがて電車が地方都市の駅へ到着し、私は改札を出るとすぐにタクシー乗り場へと急いだ。外は夜で、人通りはまばら。見慣れない街灯の光の下、私は辺境の村へと向かう。車中ではタクシーの運転手が何度か私に話しかけてきたが、私は気のない返事しかできなかった。正直、人と会話をするとまたあの声が紛れ込んできそうで怖かったのだ。やがて実家に到着すると、久しぶりに見る家族の顔には疲労の色があったが、それでも都会の人々よりはまだ生気を感じられた。しかし両親は私の突然の帰郷に驚き、不審がっている様子だった。「どうしたんだ。急にこっちに来るなんて……体は大丈夫なのか?」と母が問いかける。私は曖昧に微笑み、「ちょっと研究が忙しくて疲れたから、しばらく休養を……」とごまかした。
夜が更け、実家の布団で横になった私は、闇の中でじっと天井を見つめる。遠くから鈴虫の声が聞こえ、懐かしい田舎の匂いがかすかにする。それでもあの声は頭を離れない。「……われわれは……脳室系……」薄闇の中で、私の意識は混濁し、眠りと覚醒の境界をさまよう。すると急に脳内でビビビッ……という電気的な音が生じ、またあの囁きがはじまった。「ここにも……われわれは届く……おまえの脳室がアンテナなのだ……」冷や汗が滲み、呼吸が苦しくなる。腕に鳥肌が立ち、口からは意味をなさない言葉が漏れる。遠くの蛙の声や虫の音が妙に不規則に聞こえ、すべてが狂っていくようだ。
そのとき、目の奥に鮮烈なヴィジョンが浮かんだ。暗い宇宙空間に漂う光の粒、それが渦を巻いて大きな塊となり、やがて大きな形を成す。それは星雲のようにも見えるし、巨大な脳のようにも見える。無数の細胞のような星々が結合を続け、ひとつの意識体を形成する――そんなイメージが押し寄せてくる。私の脳室を通じて、この宇宙意識が流れ込んでいるのではないか。人間ひとりひとりが細胞なら、脳室は“彼ら”とつながるシナプスなのだろうか。そう思った瞬間、私は思わず喉の奥から悲鳴をあげて飛び起きた。慌てて電気をつけると、部屋は静寂に包まれ、カーテンの隙間から月明かりが入ってくるだけだった。
それから数日、私は家に引きこもり、外部との接触を避け続けた。しかし、悪夢や幻聴は一向に治まらない。脳室に囁く“彼ら”の声はむしろ明瞭になっていくように感じた。まるで私が逃げれば逃げるほど、奴らは強く干渉してくるかのようだ。まれに母や父が部屋に様子を見に来るが、彼らが心配そうにかける言葉さえも“彼ら”の声と混線し始めているようで、私はもう正気を保つのが難しくなっていた。どこにいても安全はなく、私の脳室がある限り“彼ら”は侵入を続ける――その冷酷な現実が、私を追い詰めていた。
そんな折、玄関のチャイムが鳴り、父が「宅配だ」と言って何かを受け取ってきた。それは私宛ての小包だった。差出人はなく、ただ宛名だけが私の名前。中を開けてみると、そこには薄い小冊子と一枚のメモ用紙が入っていた。メモ用紙にはただ一行、「“彼ら”の真実を知るために。」とだけ記されている。小冊子のタイトルは『脳室経――宇宙意識への回廊』。開いてみると、そこには脳室が古代より神秘思想の中心にあったことや、世界各地の伝承に脳室らしきものを“霊の宿る場所”として崇めていた痕跡があるといったことがつらつらと書かれている。そして終章には、衝撃的な一文があった。
「脳室系――それは古来、宇宙からの“来訪者”が人類の意識を利用するために埋め込んだインターフェースである。彼らは地球の生命を道具として、自らの巨大な意識ネットワークを拡張し続けてきた。その最終目的は、すべての生物の意識を一つに統合し、自らを“完全”なる存在へ昇華させることにある――。」
この一文を読んだとき、私は自分の心がさざ波のように揺れ動くのを感じた。恐怖と妙な納得感がないまぜになり、頭痛がますます激しくなる。部屋の奥で月光が淡く揺れ、私は小冊子を握りしめると、思わず声を上げた。「やはり“彼ら”は……宇宙から来た支配者なのか……」その瞬間、頭の中に“彼ら”の声が炸裂するように響いた。「……われわれは宇宙そのもの……おまえたちはわれわれの一部……逃れられない……」私は息を呑み、全身の力が抜けて膝から床に崩れ落ちた。もう逃げ場はないのか。こんな辺境の地にいても、奴らの声はクリアに聞こえる。いったいどうすれば……?
ふと、脳裏に一つの考えが浮かんだ。“彼ら”の声は脳室を通じて届いている。ならば脳室を封じることはできないのだろうか? 危険だが、もし脳室を何らかの方法で切り離すことができたら、“彼ら”の干渉から逃れる道が開けるかもしれない。もちろん、そんなことをすれば脳機能に致命的な障害が起きる可能性は高い。しかし、今のまま生きるのが地獄だとすれば、私には選択肢はほとんどない。私は医療的知識を活かし、素人考えながらも脳室の一部を物理的に遮断する方法を模索し始めた。自殺行為に等しいが、私はもう常軌を逸した行動でもすがる思いだった。
ところがその夜、再び“彼ら”は私の夢に侵入してきた。夢の中で、私は再び巨大な星雲の中に浮かんでいた。そこには無数の声があり、それぞれが互いに重なり合って大きなうねりを生み出す。恐怖を超えた荘厳さすら感じられる光景だった。その渦の中心で、“彼ら”の核心が輝いているように見えた。そこから響く声は甘美でさえあり、「おまえもこちらへ来い……一つになるのだ……」と誘う。夢の中の私は奇妙な安堵感を覚えていた。そこには苦しみや孤独はなかった。すべてが一体化し、満ち足りた静寂が広がっていた。現実では感じたことのない安心感だ。私は意識の深みへと落ちていく……。
目覚めたとき、私は汗だくになっていた。あの夢は何だったのか。恐怖があったはずなのに、なぜあの瞬間だけは安らぎを感じてしまったのか。“彼ら”は人類を支配する存在なのに、その誘惑はあまりにも甘美だった。もしや“彼ら”が言う「完全」は、人間の抱える苦悩をすべて取り払い、意識を融合することで究極の安寧をもたらすものなのだろうか。私の中で、抵抗と誘惑がせめぎ合う。
結局、私はどこにも逃げられない。脳室は私から切り離せない。ならばいっそ“彼ら”と完全に同調してしまえば、楽になれるのだろうか。この考えは数日前の自分なら絶対に抱かなかったものだ。だが追い詰められた今、私は少しずつ狂気に蝕まれ、奴らの手のひらの上で踊らされているのかもしれない。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。
数日後、私はふと気がつくと、また東京の研究室に戻っていた。どうやってここまで来たのか、記憶が曖昧で、まるで夢遊病者のようだ。研究室は真夜中のようで、誰もいない。蛍光灯のわずかな明かりの下、教授のデスクの前に立つ私。そしていつの間にか教授もそこにいた。教授は静かに私を見つめる。どこか穏やかな表情だが、その瞳には謎めいた光がある。「よく戻ったね」と教授は言う。私は震えながら答える。「何故、私をここへ……」「きみはもう“彼ら”と同調する準備が整った。逃げようとしたが、結局は戻ってきたんだよ。これはきみの意志か、それとも“彼ら”の呼び声か……違いなどない。“彼ら”と我々は一体だから。」教授の声は深く、静かな響きで、私の中を揺さぶる。
その言葉を聞いた瞬間、私の脳室は激しく共振し、ビリビリとした痛みが走った。だが、その痛みの奥には甘美な解放感が潜んでいる。私はもう抗う気力を失っていた。教授はすっと私に手を差し出し、囁く。「さあ、一緒に行こう。“彼ら”はきみを待っている。きみが望むなら、全ての苦しみは消え、完全な安らぎが訪れるだろう。」その声に誘われるように、私は教授の手を取った。冷たいはずの教授の手がなぜか温かく感じられる。
すると私の頭蓋の奥で何かが崩れるような感覚があり、視界が一気に歪む。時空がねじれたように、研究室の光景が白いノイズに包まれた。現実が消え、代わりに見えてきたのは、あの巨大な宇宙意識のイメージ――無数の星々が渦巻き、一つの意識へと収束していく。耳鳴りのような音が遠のき、すべてが静寂に浸される。私はそこに包まれ、溶け込んでいくのを感じた。このまま身を委ねれば、私の苦しみも、孤独も、恐れも消え失せるだろう。
しかし、そのとき、どこかで警鐘のような音が鳴り響いた。あれはカサハラの声か? 「人間としての自我を失うな! それこそが“奴ら”の狙いだ!」その声にハッとして、私は自分の存在を確認しようと必死にもがいた。確かに私はここにいる。名もある。過去の記憶もある。家族も、友人も……それらをすべて捨てるわけにはいかない。そう思った瞬間、私の脳室に走る共鳴が強烈な痛みに変わり、意識が千々に乱れる。天の川のような星々の渦が一瞬、血のような赤に染まり、絶叫が響いた。
白いノイズの中にいた意識が、急激に現実へと引き戻される。気づくと、私は研究室の床に倒れ込み、息を荒げていた。教授の姿はない。蛍光灯の音が耳に刺さるようだ。壁の時計を見上げると、深夜2時を回っている。私は這うように立ち上がり、どうにか研究室の扉を開けた。廊下は静まり返り、まるで私だけが存在しているような気さえする。外に出ると月の光が路上を照らしていた。私は暗い道をふらふらと歩き出す。私の脳内にはまだ“彼ら”の声が残響していたが、先ほどよりは遠のいている。どうやらぎりぎりのところで、自我を放棄せずにすんだらしい。けれど、完全に解放されたわけではない。
“脳室系”は確かに存在し、私たち人類を通じて拡大を続けている。はたしてこれに抗うことは可能なのか? おそらく容易ではない。なにしろ、脳室は私たち自身の生理構造であり、“彼ら”はその生物学的な通路を通じて直接私たちを操るのだから。たとえ政府や軍事組織がその脅威に気づいて動き出したとしても、奴らはすでに人類の中枢に入り込み、数多くの人間の意識を蝕んでいるに違いない。世界の各地で起こる不可解な事件や、集団での盲目的な行動、それらはもうずっと昔から“彼ら”の仕業だったのかもしれない。
私は今なお、“彼ら”の声とともに生きている。時に囁きは強まり、私を魅了する。ときに遠ざかり、私を不安にさせる。眠りにつくたび、巨大な星雲のヴィジョンが私を呼ぶ。抗いきれないほど美しく、あまりにも恐ろしい。それでも私の中には微かな火が灯っている。カサハラの声が、私は人間だと叫んでいる――“奴ら”の意識の一部に取り込まれるのではなく、私自身の存在を取り戻せ、と。もしかしたら、それは絶対に勝ち目のない戦いかもしれない。だが、私が私であるために、最後まで抵抗することをやめない。脳室の奥深くで“彼ら”が渦巻いていようとも、私たちが完全に飲み込まれる日を遅らせることくらいはできるはずだ。
私たちは知らぬ間に、そしていまも尚、“彼ら”の宇宙的なネットワークに接続されている。脳室の静寂のうちに、彼らの囁きは常に流れ続ける。自らが身体と意識を持つ限り、そこから完全に逃れることは叶わない。もしかすると、そんな悲観すらも“彼ら”に仕組まれた感情なのかもしれない。それでも、私は歩みを止めない。夜の街をさまよいながら、微かな決意を胸に固める。人間としての尊厳を守るのだ――それが私の最後の砦だ。
こうして私の物語は続いていく。教授やカサハラ、そして無数の人々を巻き込みながら。“脳室系”が真に何なのか、確たる定義を下せる者はもういないのかもしれない。しかし一つだけ言えるのは、私たちは脳室を通じて“彼ら”と繋がり、操られ、そしていずれは融合してしまう運命にある、ということだ。抗うか、受け入れるか――選択肢はどちらにせよ困難を伴う。しかし、その選択すらも実は“彼ら”の意志が決めているのかもしれない。結局、私たちが見ている現実そのものが、“彼ら”のシナリオの一部なのだから。
夜の闇に溶け込みながら、私は肩を震わせて笑う。これは一体、SFじみた悪夢なのか、それとも誰もがいつか気づく現実なのか。脳室に囁く声は笑い、また私の涙を誘う。「……いずれすべては一つ……逃れる術はない……」果てしない深淵をのぞくような感覚と、わずかな希望を抱きながら、私は暗い路地を歩き続けた。星空を見上げると、そこには数え切れないほどの輝きがある。どれもが巨大な意識体の一部なのだろう。私の脳室も、その点のひとつとして宇宙の響きを感じている。そう考えたとき、なぜか小さな安堵が胸を満たした。恐怖と安らぎ、絶望と希望――そんな相反する感情を抱えて、それでも人間として生きる。たとえ操られているとしても、私は最後まで自分の物語を紡ぎたい。その先にある真実が、たとえ“彼ら”の真なる姿だとしても。
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