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島皮質の多彩な役割とノスタルジー (脳科学プチ知識)
先日おこなった大脳の講義をe-learning化しているのですが、「外側溝の奥に島という皮質がさらにある」だけでは面白くなくて。。
でも、国家試験にはでないのでnoteに「脳科学プチ知識」として記事にすることにいたしました。
島という隠れた部位の魅力が少しでも伝わればいいなと思ってます!!
島皮質とは?
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島皮質(とうひしつ)は、大脳の外側溝(シルビウス溝)の奥深くに位置し、前頭葉・頭頂葉・側頭葉に覆われるかたちで隠れている領域です。味覚や内臓感覚、感情の認知、痛みの知覚、共感や社会的行動、自己認識など、多彩な機能を担っていることがわかっています。近年の研究では、「ノスタルジー(郷愁)」などの複雑な感情とも関わっている可能性が示唆され、ますます注目を集めています。
1. 島皮質が担う主な機能
1. 感情の処理・意識
島皮質は感情を認知するうえで重要な役割を果たすとされています。特に前部島は、自分や他者が感じている感情をリアルタイムに処理する「情動のハブ」として機能し、人間の主観的な感情体験に深く関与していると考えられています。
2. 身体内部の情報(内受容感覚)の統合
島皮質は心拍や呼吸、胃腸の状態など、身体内部(内受容)の情報を脳へと伝える中継地点でもあります。身体の状態を正確に把握・意識化することで、適切な行動選択や感情反応を促すと考えられています。
3. 味覚や痛みの知覚
味覚野の一部が島皮質内にあることから、味覚情報の処理を担います。また、痛みの知覚や痛みに対する情動的反応にもかかわっています。
4. 共感・社会的行動
他者の感情を「自分のことのように感じる」ための神経基盤の一部としても島皮質が注目されています。共感や社会的行動において、自分と他者の感覚や感情を区別しながらも理解するために機能するとみられています。
2. ノスタルジーとの関係
ノスタルジー(郷愁)とは、過去の出来事や場所・人間関係を懐かしんで、甘美な切なさや幸福感を同時に感じる複雑な感情です。近年の神経科学的研究によって、ノスタルジーを喚起する際、海馬(記憶形成に重要な役割を果たす)や扁桃体(感情処理)、そして島皮質を含む複数の脳領域がネットワークとして協働している可能性が示唆されています。
具体的には、ノスタルジー体験時には以下のような神経活動が関与していると考えられます。
1. 感情と身体感覚の交錯
ノスタルジーは「懐かしさ」に伴う安心感や切なさが同時に生起するため、感情と身体の反応(“胸が締めつけられる”ような感覚など)が密接に結びついています。島皮質が身体内部からの信号を統合し、感情体験を増幅・モニターすると想定されます。
2. 記憶のトリガー
ノスタルジーは、海馬を中心に蓄えられている記憶を呼び起こすことで発生する感情ですが、その際には「この記憶をどのように感じているか」を評価する必要があります。島皮質が記憶に付随する感情的価値を評価・調整し、ノスタルジーとしての独特な情動状態を形成すると考えられています。
3. 社会的・対人的要素の再体験
ノスタルジーには、自分がかつて所属していたコミュニティや大切な人間関係に関する回想が多く含まれます。これを再生する際の共感や愛着などの感情も、島皮質を含むネットワークを通じて再体験されます。
3. 最新研究のエビデンス
• 身体感覚と情動:前部島皮質の役割
前部島皮質は身体感覚の取り込みと情動の統合を担い、ノスタルジーのように複雑な感情体験をするときにも高い活動を示すことが報告されています。fMRI研究では、被験者に懐かしい映像や音楽を提示した際、前部島を含む感情関連領域の活動が増大したという結果があります。
• 社会的情動と島皮質
共感や対人関係に密接に関わる社会的情動は、ノスタルジーとも部分的に重なる特徴を持ちます。ノスタルジーがもたらす社会的つながりの感覚や温かさは、島皮質の社会的認知ネットワークへの関与を示す指標とも言われています。
- 参考文献: Singer T, Critchley HD, Preuschoff K. A common role of insula in feelings, empathy and uncertainty.
• ポジティブな感情調整
ノスタルジーはしばしば、孤独感や不安を和らげる「ポジティブな感情調整機能」を持つとされます。島皮質が「現在の身体・心理状態」と「過去の幸福な記憶」を結びつけることで、ストレスの軽減や幸福感の回復に寄与している可能性が指摘されています。
4. まとめ
島皮質は、見た目には脳の奥に隠れているため目立たない存在ですが、味覚や内臓感覚、痛み、感情処理、共感、自己認識など、非常に幅広い分野で活躍する「縁の下の力持ち」といえます。
さらに、近年の研究から、複雑な情動体験であるノスタルジーにも関わる可能性が示されており、ここを深く理解することは、人の「感情と記憶の結びつき」を解き明かすうえでも重要です。
たとえ普段は意識しないとしても、私たちが何かを“懐かしむ”瞬間、あるいはふと心が温かくなる瞬間に、島皮質はその舞台裏で働き続けています。今後さらなる研究が進めば、「心と身体を結ぶかぎ」としての島皮質の魅力と、その神秘をより深く知ることができるでしょう。
島皮質は、脳科学だけでなく心理学や社会学の分野においても大変興味深いところです。
・島皮質の主な機能 まとめ
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・島皮質の線維連絡 まとめ
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参考文献・リンク
1. Craig AD (Bud). How do you feel—now? The anterior insula and human awareness. Nature Reviews Neuroscience, 2009; 10(1):59–70.
https://www.nature.com/articles/nrn2555
2. Singer T, Critchley HD, Preuschoff K. A common role of insula in feelings, empathy and uncertainty. Trends in Cognitive Sciences, 2009; 13(8):334–340.
https://doi.org/10.1016/j.tics.2009.04.005
3. Zhao, J., et al. Nostalgia fosters well-being: Mechanisms and constraints. Journal of Personality and Social Psychology, 2019; 117(2):330–351.
https://psycnet.apa.org/record/2019-27151-001
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