"James, you made me happy." ...easily said.
そのゲームニュースを読んだ時、思わず目を押さえて天を仰ぎそうになった。そんな大げさなポーズでも取らないとどうにもやっていられなかったのだ。
20年以上前に発売され、あの頃の自分の痛い所を執拗に突いたゲームがリメイクされるという。間違いなく私にとって今年最大のゲームニュースだった。
同シリーズの新作も同時に発表されたのだが、それは少なくとも今の私にとってはおまけ程度である。大好きなシリーズの新作だというのに、「うん、頑張ってくれ、応援しているぞ。」以上の感慨が持てない。
20年以上経った今も私をズタズタにし続けるそのゲームのタイトルは、 "SILENT HILL 2" という。この記事は「ゲームと人生」というテーマに沿って書かれたものではあるが、"SILENT HILL 2" は私の人生を前向きに変えてくれたものではなく、人や人生というものの見方の一つを強固に固定しまったゲームといえる。
※この記事は、PlayStation 5およびSteamでのリメイクが発表された2001年発売のゲーム "SILENT HILL 2" の核心に触れるネタバレを含んでいます。オリジナル版を未プレイで、かつリメイク版のプレイを予定している方は読まないことを強くお勧めします。
SILENT HILL 2の舞台、サイレントヒルの町
サイレントヒル。もちろん架空ではあるが、アメリカ某所にあるとされる寂れたレイクリゾート地の名前である。昔は観光客でにぎわったらしいが、今やその名残もなく人口は減るばかり。観光の目玉となる湖や遊園地はすっかりうらぶれ、住宅が並び立つ一画にも人けは感じられない。
一見すれば、濃い霧が幻想的な雰囲気を強く醸し出す美しい町ではある。だがサイレントヒルには古くから伝わる土着の神の言い伝えがあり、それを信仰する者が集まるうちに肥大、分裂していった「教団」と呼ばれる組織が今も暗躍している(この辺りの話はシリーズ一作目 "SILENT HILL" および三作目 "SILENT HILL 3" に詳しい)。その怪しげな力はしかし本物であり、この町には時折季節外れの雪が降ったり、人間のような形をした奇妙な生物がよろよろとうろついていることがある。
さらに、灰色のうすら寒そうな町の景色は、血、肉塊、錆、金網に覆いつくされた「裏世界」に突如変貌することがある。それは町を歩いている時に突然起こるかもしれないし、今乗っているエレベーターのドアが開いたらいきなり世界が赤く黒く変わっていることもある。
だが。
裏世界も異形の怪物も、そして道半ばで出会った大事な人も、全部全部自分の心が大本だとしたら?
そういうことが、サイレントヒルの町では起きるのだ。
始まりの手紙
本作 "SILENT HILL 2" は、かつてただの観光客としてサイレントヒルを訪れた若い夫婦に降りかかったきわめて現実味のある出来事、そしてその後にこの町の不可思議な力のために引き起こされた悲劇を語った作品である。
主人公のジェイムス・サンダーランドは3年前に妻メアリーを病気で亡くした。しかしある時、当のメアリーから「サイレントヒルで待っている」という内容の手紙が届いたことからストーリーは始まる。
死者から手紙が届くはずがないとジェイムスも十分に理解している。ばかばかしいと思いつつ、ジェイムスはメアリーに会いたい一心で過去に二人で旅行したサイレントヒルに赴くのだが、霧深い道を進んで町に入って早々に異形と遭遇したことを皮切りに、時折血まみれの裏世界に招かれながら恐ろしくも悲しい怪異や出来事に次々と出くわすことになる。
ジェイムスの真実
サイレントヒルの町の中央に位置するトルーカ湖の湖畔で、ジェイムスはマリアという女性との出会いを果たす。その姿かたちは細部に至るまでメアリーと瓜二つだが、柔和で物静かな性格だったメアリーとは異なり、マリアは派手好きで感情表現も豊か。
ジェイムスは戸惑いながらもマリアと行動を共にすることになるのだが、このマリアこそ、サイレントヒルの不可思議な力がジェイムスの抑圧された願望を歪めて生み出した仮初めの存在だった。
どういうことか。
前述のように古く暗い神秘を孕むサイレントヒルは、罪を犯した者を招き、その心に秘めた願望や欲求を歪めたり拡大したりした世界を見せ、苦しめた挙句に裁くことがある。
実は、メアリーは3年前に病死したわけではなかった。それよりずっと前から彼女は病気を患っており、ジェイムスは仕事をはじめとした自分の人生を犠牲にして介護を続けていた。しかしある時とうとう限界を迎えてしまい、余命いくばくもないメアリーを衝動的に殺害してしまったという経緯がある。ゲーム本編が始まるほんの少し前の出来事だ。
メアリーにそっくりなマリアは、介護に疲れたジェイムスが理想に思い描いた『健康で明るいメアリー』の具現化だった。しかしマリアは、「三角頭」と呼ばれる巨躯の怪物の手にかかりジェイムスの目の前で殺される。それも一度のみならず、二度三度と。
一旦葬られても、ジェイムスの行く先々でメアリーと同じ姿、同じ声、同じ記憶を持って何事もなかったかのように蘇っては、また惨たらしく命を奪われる。
当初は自分の罪を忘れていたジェイムスも、何度も現れてはマリアを惨殺する三角頭への違和感をはじめとする様々なきっかけによって、自身によるメアリー殺害の真実を思い出すことになる。
ゲームの冒頭でジェイムスが見つめるメアリーからの手紙も、本当は自分がもう長くないことを悟ったメアリーが書いた遺書の冒頭部分に過ぎない。ジェイムスがメアリーを殺した後、サイレントヒルの町がジェイムスを罰するために歪曲したものだった。
この記事のタイトルの二重引用符部分は、その遺書の結びだ。遺書の中でメアリーは、苦労をかけたことや心ない言葉で傷つけたことを幾度となくジェイムスに謝罪し、「わたしは幸せでした(you made me happy)」と結ぶ。
それを書き終わった直後に、彼女は実の夫によって殺された。
私はジェイムスを責められない
ここで少し自分語りを許されたい。
"SILENT HILL 2" が発売される数年前のこと、私は一時期ではあるが今で言うヤングケアラーの立場に置かれていたことがある。
毎日、学校から帰ったら病を得た身内の世話をしなければならなかった。身体能力より先に言語機能や思考能力を失ったらしい(何せ意味のある言葉を発さないので本当の所はわからない)患者はとにかくひどく暴れたが、それをなだめすかしながら食事の介助をして入浴させていた。夜に寝ていても何かの拍子に目を覚まして騒いだり暴れたりする。
ほどなくして、患者より私の方が重篤な不眠症になった。朝になれば当然学校に行かなくてはならない。重要な試験を複数控えてもいた頃の話だ。
疲れていた。怖かった。休みたかった。逃げ出したかった。でも他に行くあてなどない。それに家に帰らなければ、一緒に患者の世話をしていた母が困ることになる。母は文字通り24時間、患者が目に入る範囲内にいた。私が帰らなければ母が倒れるのも時間の問題だった。忍耐強い人だからこそ心配だった。
結局ヤングケアラー生活は、やはりというか何というか、私が大泣きして施設の利用を訴えたことで終わった。あれほど患者を家族だけで世話をすることにこだわった親族らは、患者のいる施設を訪れることはしなかった。
患者は施設に入って数年間ほぼ点滴につながれたまま生活し、ある時あっさりと亡くなった。葬儀ではそれなりに涙が出たが、それがどういう涙だったのか今でもよくわからないでいる。
こんな経験を持つ私は、ジェイムスを責める気にはなれない。
一人の手には負えない命
これを読んでいるあなたがもしも今、あるいは将来に病を得たとしたら。もしくは近しい誰かがそのようなことになったとしたら、どうか無理が出る前に声を上げ、助けを求めてほしい。
生きることと病を経験することは不可分だ。運良く若いうちに病気にならなかったとしても、年を取れば衰える。衰えながらも生き続けるのは、誰か、何かの手を借りないと難しい。だから、使えるものや借りられるものは迷わず利用してほしい。そのための準備は惜しまないでほしい。
周りに近しい人がいる場合、愛とか情とか責任感とか、そういったものがあれば大丈夫だと考える人が当事者であっても少なくないことは承知している。だが私は無遠慮に物申したい。
それらが必ず善い方向に作用し、あらゆる困難を覆し、また永続すると、本気で信じているのですか、と。
ゲームの一幕に、病気そのものや投薬の影響で容貌を損なったメアリーがジェイムスをひどく罵倒するシーンがある。その時のジェイムスの反応を知ることのできる材料はないのだが、いくらメアリーを愛しているとしても、こういった二次的な軋轢が堪えないはずがない。感情は時間や体力や金銭と同じく、簡単に擦り減ることがある。
人の命が人の手に委ねられる時、その負担は軽く見積もられがちだ。
誰かの世話をすることになった時、その逆の立場になった時、どうか孤独に追いやられないでほしい。息抜きはどんどん取り入れていいし、そこに罪悪感を感じる必要はない。
頑張る必要があるとすれば、自分が常時耐え忍ばなくても問題がない環境作りだ。それもまた意外と大変なのだけれど、頑張りどころを間違えると自分が折れてしまいかねない。
疲れ果てて泣き叫んだ過去の私のように。
メアリーをその手にかけたジェイムスのように。
人の命を、たとえそれが自分自身のものであろうとも、誰か一人で支えることなど不可能だ。様々な人や物から少しずつ力を借りていけばいい。借りっぱなしでは気分が悪いというのなら、小さな借りなら返すのも容易だし、余裕ができた時に貸しを作るのもいいだろう。
借りたり貸したり返したりの繰り返し。それでいい。
願わくば、あなたの苦難に相応の助けがありますように。その手をあなたが迷いなくつかめますように。
この記事は、2022年アドベントカレンダー企画「ゲームとことば」用に執筆されたものです。
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