映画「グレイハウンド」を10倍楽しむために その1 駆逐艦とは
トムハンクス主演 映画「グレイハウンド」を10倍楽しむためにと称し、これから知っておくべき背景知識を数回にわたって解説していきます。
今回はその1回目です。
前回はこちら
駆逐艦って何
まず映画の題名「グレイハウンド」ですが、これは作品に登場する「駆逐艦(くちくかん)」の名前で、こんな船です。
Photo by: Niagara USS Kidd (DD-661), 2013/CC BY-SA 3.0/Adapted
これは、ミシシッピ川に保存されているフレッチャー級 駆逐艦「キッド」で、映画の撮影では実際に川に浮かべて、セットとして使われました。メイキング映像によると、演者は全員が3日間、本当にこの艦で暮らし、当時の水兵と同じ訓練メニューをこなして役作りをしたそうです。
このフレッチャー級は1942年から1944年、つまり第二次大戦中の2年間で175隻も建造されたベストセラーで、戦後に中古品が海上自衛隊に卸されたりしていました。作中の「グレイハウンド」もフレッチャー級(という設定)で、当時の駆逐艦の中でもかなり大きいほうですが、戦艦や航空母艦などと比べると、駆逐艦は「小さい軍艦」です。
フレッチャー級の就役は1942年の6月なので、2月になっている本作の設定には矛盾がありますが、まぁ設定上の細かいことはとりあえず目をつぶっておきましょう。
しかし、この小さい艦は縁の下の力持ちで、非常に攻撃力や機動力の高い優れた艦でした。戦艦はもう現代には残っていませんが、駆逐艦は現代の海軍でも健在です。海上自衛隊の「護衛艦」の国際法上の分類が「駆逐艦(デストロイヤー)」であることからもわかります。
イージス護衛艦は分類上、駆逐艦だった 出展:海上自衛隊ホームページ
護衛任務にぴったり
さて、駆逐とかデストロイヤーとか、言葉は物騒ですがこの艦の主任務は、ものすごく簡単に言えば艦隊の護衛でした。
19世紀後半、水雷艇と呼ばれる小型ボートに魚雷を積んだだけの、冗談のような兵器が、大型の戦艦をボコボコ沈めていた時期がありました。
1880年のイギリス海軍2等水雷艇
吃水線より下に大穴を開ける雷撃は、砲撃と比べて船を沈める効果が高く、しかも魚雷は小型艇で運べるので非常にコストパフォーマンスが良い攻撃方法でした。この水雷艇から主力艦を守るために、進化したのが水雷艇駆逐艦、のちの駆逐艦というわけです。
足の速い水雷艇から艦隊を守るために、攻撃力と機動性のバランスを追求した駆逐艦の出現で、水雷艇による攻撃は過去のものになりました。しかし、戦術は常に進化しています。中でも、航空機と潜水艦による攻撃は技術革新がもたらした非常に厄介かつ効果の高い攻撃方法で、しかも両者ともに、水雷艇のお家芸だった魚雷攻撃(雷撃)が可能でした。
航空機は爆撃も行いますが、やはり船を沈めるのに最も効果的なのは、水中にある部分に大穴をあけることです。これは、魚雷か機雷によってなされますが、水雷艇の遺産は潜水艦に引き継がれて、世界中の船の脅威となっていきます。
通商破壊への対抗策として
最も有名なのが、ドイツの潜水艦「Uボート」による通商破壊です。連合国、特に日本と同じ島国であるイギリスに向かう民間商船を潜水艦の雷撃で沈める通商破壊は、人的にも経済的にも甚大な被害となりました。
撃沈された輸送船とUボート
そこで、連合国側は商船をまとめて「船団(コンボイ)」を組み、それを駆逐艦や航空機で護衛する「護送船団方式」で対抗しました。第一次世界大戦からUボートによる通商破壊は始まっていましたが、第二次大戦のナチスドイツも同様に通商破壊を継続、映画の舞台となる1942年はその待っただ中というわけです。
この「大西洋の戦いは」戦争の趨勢を決める非常に重要かつ、長期にわたる戦いでした。物語では、この時期のある護送船団の護衛を初めて任された駆逐艦の艦長(護衛船団の司令官でもある)が、トムハンクス演じるアーネスト・クラウス艦長です。
彼や彼の部下たちの心理描写については、別の機会に紹介します。
次回は、そもそもなぜこんなに大量の物資をはるばる大西洋をわたってアメリカからイギリスへ届けなければならなかったのか、当時の時代背景とともに見ていきましょう。
次回へつづく