Yesとクリの木。
明子さんへ、小寺です。明子さんの書いてくれた「YES」のことを今夜はずっと考えていました。またしても長々と書きますが(ぼくは短く書けない病気なのです)、明子さんへの、また同時に、やっぱり西村くんへのお返事です。
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昨日、芽室の町の中を歩いていて、役場近くの町立保育所の園庭の隅っこに、真新しいタグがついた何かの苗木が2本、新たに植えられているのを見つけました。
「ふむ、この葉っぱは……」。クリです。クリの木です。
ああ––––。ぼくはしみじみと思いました。
「これは、なんと良いことだ。
ほんとうに、良いことだ。」
で、いまそう言葉にしてみたところで、にわかに“ぼくの中のもう一人の自分”がぬっと脳内に現れ、ぼくを諌め始めました。
「おいおい、良いとか悪いとかってのはあくまで主観的なものだし、ものごとの価値は状況や価値基準次第でいかようにも変化するものであって、絶対的なものではないだろう。そうそう簡単に〈ほんとうに良い〉なんて言うなよ。胡散臭いやつだな。」
そうだ。確かにそう。そのとおり。絶対の〈良い〉なんて無い。むしろ、あってたまるものか。
もしかしたら––––この若木はうまく根付くことができずにすぐに枯れちゃうかもしれない。それを見て「せっかく植えたのに枯れちゃった…」と悲しむ子どもや職員がいるかもしれない。
もしかしたら––––この木が大きく育った時、強過ぎる花の匂いが園児や通行人を不快にさせるかもしれない。大量の葉が近隣住民に落ち葉掃除の余計な苦労を背負わすことになるかもしれない。また、実の外皮のイガで怪我をし、血を流す子どもさえいるかもしれない。
もしかしたら––––この苗を購入して定植するために、市場価格よりかなり割高な金銭が役場から誰かに支払われたかもしれない。しかも中間業者に中抜きされているかもしれない(もちろんフィクションです、念のため)。また、この木の将来にわたる維持管理費用を何か別のことに振りあてれば、この町の子どもたちの健全な育ちがより確かに保証されるかもしれない。
もしかしたら––––この木を定植したスコップは、地中の何匹ものミミズたちを無残にあやめ、それどころか、何千何万におよぶ土中微生物たちの生活を抑圧し、めちゃくちゃに破壊し尽くし、挙句彼らの「息の根」を完全に絶ってしまったかもしれない。(かもしれない、というより、実際そうだったに違いない)
もしかしたら––– もしかしたら––– もしかしたら–––
いろんな「もしかしたら」がこだまします。
ただ、ぼくは、いまそのように“自分の中のもう一人の自分”がどれだけたくさんの「もしかしたら…」や、より切実な「もしかしなくても…」を投げかけてこようとも、それでもなお、この2本のクリの幼樹が植えられたことに対して、あらためて思ってしまうのです。(いや、ここまでくると、「思う」などというよりは「決意する」といったほうが正確かもしれません)
「Yes、これは、良いことだ」。
そして、頭の中で薄ぼんやりと思い浮かべてしまうわけです。何年かのちの未来の園庭で、みっしりと量感に満ちて黒光ったクリの実を無心でポケットに拾い集める幼な子たちの、楽しげだけれどもどこか生真面目さが張りつめたような横顔を。次のいのちの塊であるクリの種子を、もしかしたら、散々もてあそんだ後でゴミ箱にポイと捨ててしまうかもしれないその子どもたちの、邪気の無い横顔を。
で、しょーもないことに、それによりこのぼくまでもが、どこか生真面目な面持ちと心持ちになってしまい、それでもやっぱりYes、と呟いてしまうのです。
ああなんとメンドくさいのだろう、ぼくというニンゲンは……と思います。ほんとに。
「Yes」などと言ってしまえる。どころか、それをこうして、だれに頼まれてもいないのに必死こいて中身の無い言葉にしてみたり、だれ一人そんなこと望んじゃいないのに、その「Yes」をわざわざ〈写真〉にうつしとってみたり。たかが町の中に植えられたクリの木ひとつのことよ。バカじゃないのか。ナルシストか。
神さまは、ぼくという生き物をなんと“厄介なもの”として、また、なんと“かなしいもの”として造り給うたか。つくづくそう思います。(いや、神のせいになどするな)
でも、どんなにメンドくさくかろうとも、滑稽だろうとも、みっともなかろうとも、救いようも無くかなしかろうとも、できることといったら、一つ、また一つ、自分の足元に落ちてる小さな「Yes」を自分の肉眼で探し出し、自分の指で拾い集めながら未来へ向かってゆくしかないんだよね、きっと。逆にもうそれ以外に無い。大真面目に、そう思う。
ああ、こんなに長くなりました。ああみっともない。
でも、もうそれすらYesと言ってやる。結局それが、今夜ずっと考えていたことです。おやすみなさい。明日から例の件でちょっと遠出してきます。
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