TRPG楽しすぎワロタ
その昔。名倉少女は演劇部に入りたかった。発声には快楽が伴うことを彼女は知っていたし、魔法少女のように、違う自分になれたなら、というありふれた変身願望を持ち合わせていたのである。しかし、願いは届かない。人数不足で今年から演劇部は廃部です、と無残にも告げられ、私が入りますから! とわざわざ立候補するほどの胆力もなかった少女は、義務教育あるある、強制入部のルールに従って、泣く泣くタイピングゲームしかやることのないパソコン部に入部したのであった。
そこから3年後。名倉少女は演劇部に入った。念願かなって。所謂「弱小」で、私たちの代で5人入るまでは、たった2人の男子生徒だけでコントなんかをやっていて、県大会出場が目標とは言うものの、まともな劇を1本作る部費さえ与えられていなかった。それでも少女はそこを根城にして、思う存分やりたいことをやり尽くすことにしたのであった。人数が足りなくて既存の脚本が使えないなら、自分で書けばいい。自分の書いた役を誰も演じられないのなら、自分で演じたらいい。それは、俗に言う輝かしい青春の1ページだった。部活にのめり込むあまり学業を疎かにする私を、当然担任は叱ったが、同じ口で私の脚本を褒めてくれた。現実はドラマティックには行かず、結局県大会には行けなかったし、部長になってまで部費を上げてもらえないか生徒会と掛け合ったものの、本来ほしい額には全然届かなかったのだが、廃部寸前に近しかった弱小演劇部のバトンを、確かに次の世代へと繋ぐことができたのであった。
騒がしい大学のキャンバス。新しいことを始めないか、と手をこまねく先輩方。いくつも演劇サークルを探したが、苦学生にはどこも参加費があまりに高かった。おぼっちゃまお嬢様の通う私立大学だったからだろうか? 入れなかった分の悔しさを明かそうと、サークルの公演は、見られる限りすべて観に行った。総じて全然面白くなかった。演技も下手だし、演出もお粗末、セットと衣装だけやけに絢爛豪華。ああ、私だったらああしてこうするのに! 何度も強く思った。そしてそのうち彼女は気づく。高校演劇はコンクールで品評されるが、彼ら彼女らはされない! むしろ、お金を払って参加「してやって」いるのだ。……勿論、すべて主観である。もっとレベルの高い演劇サークルなんてきっとこの世にたくさんある。観に行けなかった劇が面白かった可能性だってある。ただ、名倉少女……と言うには歳をとりすぎた彼女は、芸術に、とりわけ作劇に非常に強いこだわりを持っていた。文芸を専攻し、物語をどう型取り彩るかを学んでいたせいでもあるだろう。
若き名倉のアルバイト先のカラオケには、やけに売れない役者が多かった。皆一様に目が死んでいて、煙草くさくて、どんくさい私をきつい言葉で叱り、その口で今度劇をやるから是非見に来てと誘っては無理に笑い、フライヤーを差し出してくる。今彼ら彼女らの年齢になって思うのは、夢を追うとは本質的にはそれだけ世知辛く、彼ら彼女らはもう引っ込みがつかなくなっていて、それでも自分はまだ若いと言い聞かせて、身近な成功例を掻き集めて、立っている他なかったのだろうということだ。そしてバーチャルの大地を踏みしめていて感じる。彼ら彼女らに必要なのはこの地平だったのだ。きっと彼ら彼女らは、美しい声と叩き込まれた演技力で、よっぽど私よりこの世界や電子の肉体を上手く扱えるだろう。ああ、どうか彼ら彼女らの夢が叶っているか、または電子の肉体を手にしてこの世界を歩いていますように。
道楽の趣味にも息苦しい夢にもしたくない。若かりし名倉の心はいつしか演劇から遠ざかっていった。プロの演劇でも観たらまた変わったのかもしれない。だが、彼女にそんなお金も暇もなかった。美しい思い出としての高校演劇。たまに浸り快楽を得るための成功体験。
週7で部活をしていた体力を活かし、週5、12時間労働、休憩なし、仕事内容は専門的だが他では使えないような知識を多数使用し、顧客折衝しながらものを作り、イレギュラーが頻繁に降ってくるような、まあシンプルに言えば、社畜をしていた。そんな日々は続かない。案の定心身を壊し、すべて投げ捨ててしまって、単調で、定時には帰れる仕事をするようになった。
つまらない毎日だ。ヒトカラくらいしか趣味がない。何か、全然違うものに変身してしまいたい。
劇団を探し始めた。
プロ志向、いや、夢にはしたくない。しかし、子供と老人しか居ないような地域の趣味劇団に所属したって面白くない。そもそも定時が19時だ、平日昼からどうやって練習するんだ? 遅くても17時スタートのところばかりでどうやっても間に合わない。でも貴重な土日を潰したら、友達と遊んだり休んだりできない。そもそも。そもそも! コロナ禍で活動していないところばかりだ! 実績がどこも2019年で止まっている。どうしたら……?
高校時代ともに演劇部を盛り上げていた友だちから、「クトゥルフ神話TRPG」に誘われたのはそんなときだった。
あ、ここからが本編です。お待たせいたしました。
最初は難しそう……という感想で、誘ってくれた友だちがふんわり回してくれた卓では他の友だちが乗り気でなかったのもあり、何だか淡々と進んでしまった。謎解きは面白いけど、それだけ……? ちなみに最初に回してもらったのは『毒入りスープ』である。終わったあとに丁寧にクトゥルフ的解説をしてもらい、そこで初めて少し興味が湧いた。へえ! 怪物! 神様! いい歳こいて厨二病なのである。
違うタイミングで、Twitterのフォロワーに『学院魔女裁判』という「マーダーミステリー」を回してもらった。お嬢様に扮して自らの目的を果たすという内容だ。これがえらく楽しかった! お嬢様(にしては野太い声だったが)の「ロールプレイ(役になりきって台詞を言ったり、行動宣言などをすること)」が非常にアガる。
テーブルトークロールプレイングゲーム、略してTPPG。人間の対話とゲームルールと場合によってはサイコロだけで成立するゲーム。この、対話、が重要である。キャラになりきるもよし、淡々と「こうします」と宣言するもよし……なのだが。
ここまで読んだあなたならわかるだろう。私がいかに演じることに飢えているかに。
役を配られるか、役を自分で作成する。演じる。その内容でストーリーを彩っていく。
私が弱小演劇部を乗っ取って好き勝手やっていたのを、もっとインスタントにするとこんな感じになるのではないか? あんなに渇望していた、発声への渇望と変身願望が、いとも簡単に満たせてしまう。キャラから作るタイプのTRPGなら、ステータスを割り振って、キャラの年齢と見た目を考えて、設定を考えて……、と創作意欲まで満たせてしまう! 楽しすぎる。気持ちよすぎる。何だこのゲーム。
趣味にしたくないのではないか? それは、人に観せる芸術としての演劇の話だ。
夢にしたくないのではないか? 所詮ゲームだ。夢にはならない。
そう、TRPGはとにかくちょうどいい! たかがゲームされどゲーム。何になるでもなくただ楽しい。芸術である以上完成度が高くなければいけないという馬鹿みたいなプライドを持っていても、芸術を夢にすることは苦痛だからやりたくないというちょっとした怯えを持っていても、ゲームだから割り切って演じることに没頭できる。
回数を重ねるごとにTRPGが好きになった私は、「クトゥルフ神話TRPG」のルールブックを買い揃え、「エモクロア」に登録した。だが……名倉ももうアラサーだ。キャリアアップや結婚出産などで友だちがどんどん忙しくなっていく。せっかく準備を万全に整えたのに、悲しきかな、やる相手が居なくなってしまった。
配信を始めるまでは。
これは仮説に過ぎないが、きっと、バーチャルの世界を過ごす者たちは演じることが好きなのだろう。でなければ、こんな分厚い皮、被る必要ないものな。
配信者仲間たちは、何故か、やたら皆「卓修羅(たくさんTRPGをしている人)」である。皆がたくさん遊んでいるというので、よかったら入れてよぉなんて軽口を叩いてみたら、本当にわんさか誘ってもらえるようになった。神か?
普段の友だちと遊ぶのも気心が知れていて勿論楽しいが、配信者の皆様と遊んでいて特筆すべきは、やはりロールプレイの上手さだろう。つられてこちらもどんどん乗り気になってしまい、演じまくって喋り散らかして、予定時刻を遥かに超過したりしている。決めてくれてたのにすみません。セーブしたあと、終わったあとの高揚感は何にも代えがたく、つい夜更かしのもとになっている。寝ずにお喋りしたり。付き合わせてすみません。
そしてこの場を借りて感謝の念を述べたい。ありがとうございます。お陰様で7週連続卓の予定があります。
さて、これは芸術じゃない、ゲームだもん! と思うことにより楽しく演じられるという話をしてきたが、芸術的なプレイングをする人は当然居る。今、TRPGが配信界隈でアツいのは知っている。だが、今の私は、一旦、いつかそれをできるようになったとしてあくまでそれは副産物で、何より自分が楽しめればいいかなぁという段階だ。まだ通過シナリオは10本の指に数えられる範疇だし、いくら元々演じるのが好きだったからとはいえ、プロの指導を受けているわけでもなくこなれていない。そこで、本稿は、創作意欲や変身願望を持て余しているそこのあなたも一緒にTRPGやろうぜ! という話で締めていこうと思う。私が文字書き畑の人間だから設定考えるの楽しい! という話をしたが、結構何気に絵を描ける人のほうがハマっているイメージだ。立ち絵を自分で描けるの、羨ましい……。何回かは立ち絵を自分で描いたが、友だちに神絵師が多いので浮きまくっていた。
あと、別に創作意欲も変身願望もないけど……というそこのあなた。謎解きや推理が好きだったりしないか? 私はリアル脱出ゲームなんかも大好きなのだが、そういう人にも適性があると思う。リアル脱出ゲームに一緒に行ってくれる友だちに執拗にマダミスとかやらん……? って聞いてるのに無視されてる。畜生。誰か一緒にリアル脱出ゲームも行きましょう。あれ? 趣旨どうした?
舞台に主役として立っていたくらいだ、私は目立ちたがりだから、いつか人前で演じたくなる日も来るだろう。その時はまた、是非見に来てくれたらと思う。それまでは、一緒にTRPGをして私の拙いロールプレイに付き合ってくれませんか? いつでもお誘い、待っています。
見せないとか言っておいて既に他所様の卓のアーカイブが出てましてですね……。
ウェイ系営業マン。全然自分と違う人間すぎて楽しかったぁ!
私の演技なんか置いといてめちゃくちゃ見どころまみれのアーカイブなのでお暇なら是非!
https://www.youtube.com/watch?v=q9Ib_ct0_CQ
https://twitter.com/anagramargura
https://www.youtube.com/@nAgra_aM
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