【赤報隊に会った男】⑤ トーンダウン~「あれは文学的な表現」
鈴木邦男が連載「夕刻のコペルニクス」でつづった赤報隊との接触エピソードは大きく4つ。その内容を整理するとこうなる。
いずれも、事実であれば警察庁広域重要指定116号事件の核心に迫るような内容だ。ところが、この4つのエピソードを吐き出した後、「夕刻のコペルニクス」は予想外の展開をみせる。
公安警察が鈴木宅を家宅捜索
〈連載を読み警察が前代未聞のガサ入れをした!〉
こんな見出しが躍った連載第50回は、鈴木のこういう文章で始まる。
なんと、「夕刻のコペルニクス」赤報隊編が佳境に入っていた1995年(平成7年)9月27日早朝、鈴木の自宅が兵庫県警公安第2課によって家宅捜索されたというのだ。
連載によると、捜索令状に記されていた容疑内容は、1981年(昭和56年)に神戸市で発生した「日本民族独立義勇軍」(赤報隊との関係が疑われていた謎の集団)による米国総領事館放火事件。被疑者不詳のまま、就寝中の鈴木を叩き起こして捜査員たちが踏み込んできたという。
ただし、警察の真の狙いは明らかに116号事件だったという。
その証拠に、リーダー格の捜査員は家宅捜索の間、鈴木に「SPA!での話は本当なのか、小説なのか?」と尋ねたり、部下に「赤報隊からの手紙はないか」と指図したりしていたそうだ。
鈴木は家宅捜索の一部始終を描いた後、怒りが収まらないといった様子でこう書きなぐっている。
この文章がどこまで彼の本心なのかはわからない。
ただ、公安警察に対して激しい怒りを抱いていることだけはよくわかる。
しかし、ここで重要なのは彼の感情ではない。重要なのは、これまで書いてきた赤報隊との接触が実話なのか否かという点だ。
赤報隊編、あっけない幕切れ
ところが……。
「夕刻のコペルニクス」赤報隊編は、この後、警察への怒りをさんざんつづった末、肝心の事実関係を曖昧にしたままあっけなく幕を閉じてしまう。最終回となった連載第52回にはこんな文章がつづられていた。
これではまるで幻想小説だ。
夢中で連載を読み続けてきた読者の多くは、肩透かしを食ったような気分になったことだろう。
ちなみに、ここで鈴木が「前の『内ゲバ殺人編』の時にマニラから怒りの電話がきたように」と書いているのは、次のような事情を指している。
鈴木が連載「夕刻のコペルニクス」で赤報隊の話を書き始める前に、一水会の過去の不祥事である仲間同士のリンチ殺人事件について長々と回想していたことはすでに述べた。その際、この事件に関与した当事者の1人(フィリピンに滞在中)から「記述内容に間違いがある」とクレームが入り、鈴木が事実関係の一部を訂正したことがあった。
このような経験を踏まえて鈴木は、警察に邪魔されずにあのまま連載を続けていたら、今回も赤報隊の人間から何らかのリアクションがあったかもしれない、と主張しているのだ。
「つい筆が滑っただけ」
ともあれ、「夕刻のコペルニクス」赤報隊編は終結した。
鈴木はその後も記述内容の真偽をぼやかすような発言を続ける。
例えば、翌1996年に「夕刻のコペルニクス」が書籍化された際、あとがきにこんなことを書いている。
メディアの取材にもはぐらかすような受け答えを重ねた。
朝日新聞116号事件取材班から連載内容の真偽を問われた時は、「あれは文学的な表現。夢物語の類」(2000年1月22日付朝刊)などとコメント。
さらに、週刊文春の取材には「朝日を厳しく批判する人物には、会ったことがある。ああいう人なら赤報隊であってもおかしくないな、と思っただけ」(週刊文春1997年5月15日号)、「つい筆が滑って書いただけです」(週刊文春2003年新年特大号)などと答えている。
ちなみに、この週刊文春2003年新年特大号に掲載された116号事件の特集記事は、警察庁が1998年に右翼関係者9人を重要捜査対象者としてリストアップしていたという内容で、鈴木もリスト入りしていた。
週刊文春はそれを踏まえて鈴木を直撃しているわけだが、記事中では実名を伏せて「一水会元幹部のA氏」と表記している(鈴木は1999年に一水会の代表を辞任して顧問となった)。興味深い内容なので少し引用しておこう。
率直に言って、かなりのトーンダウンである。
赤報隊との生々しいやりとりをつづった「夕刻のコペルニクス」の記述を事実上撤回した、と受け取られても仕方ないような発言だ。
恐らく、「夕刻のコペルニクス」の読者も、メディア関係者も「やはりあれは連載を盛り上げるためのホラ話だったのか……」とガックリしたことだろう。
ところが、2003年(平成15年)3月に116号事件の全ての犯行が公訴時効を迎えた後、鈴木邦男は何を思ったのか、再びこの話を蒸し返し始めるのである。(つづく)
つづきはこちら→【赤報隊に会った男】⑥ 時効後の再告白
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