赤報隊を名乗るグループが朝日新聞社などを襲撃した警視庁広域重要指定116号事件は、2003年(平成15年)3月に全ての犯行が公訴時効を迎えた。
その翌年の10月、鈴木邦男は筑摩書房から「公安警察の手口」という新書を出版した。
タイトルの通り、日本の公安警察の捜査手法や組織構造、その問題点を体系的に論じたこの本の中で、鈴木は116号事件に言及して次のような文章を書いている。彼の胸の内を探るうえで非常に重要な資料だと思うので、少し長めに引用してみよう。
いかがだろう。
「夕刻のコペルニクス」赤報隊編から実に9年後の鈴木の独白である。
はっきり言って、ここに新たな暴露話はない。しかし、どういう気持ちであの連載を書いていたのか、なぜ、あのような中途半端な結末になってしまったのか、かなり率直に胸の内を語っているようにみえる。
センセーショナルな見出しと思わせぶりな本文で読者の興味を煽りに煽った「夕刻のコペルニクス」に比べると、この「公安警察の手口」は全体的に冷静な筆致でつづられた地味な書籍だ。
それだけに僕はこの文章に重みを感じる。
「夕刻のコペルニクス」の記述が全て事実ではないにせよ、やはり彼は、赤報隊らしき男と本当に会ったことがあるのではないかーーーー。
そんな心証を抱かせる文章だ。
別冊宝島への寄稿
さらに鈴木は翌2005年(平成17年)、今度は宝島社が出版した「別冊宝島 戦後未解決事件史」というMOOK誌に「『赤報隊』と疑われた私の18年」と題した手記を寄稿。この中で「夕刻のコペルニクス」を彷彿とさせるような赤報隊との接触エピソードを披露している。
この手記から重要部分を引用してみよう。
いかがだろう。
若干の違いはあるが、この話は「夕刻のコペルニクス」で描かれた〈第2の接触〉によく似ている。
最初に手紙が送られてきて呼び出され、スパイ映画さながらのミステリアスな方法で警察の尾行をまいたうえで密会するというストーリー。ただし、密会場所は関西のホテルだったと書かれている。これは新情報だ。
とりあえず、このエピソードを〈関西での接触〉と名付けることにする。
例によって日時は明示されていないが、朝日新聞の記者を殺害した後で接触してきたというふうに書かれているから、1987年(昭和62年)5月の阪神支局襲撃事件の後なのだろう。つまり、〈第2の接触〉や〈第3の接触〉と同時期の可能性もあるということだ。
先に挙げた「公安警察の手口」といい、この別冊宝島の手記といい、いったんトーンダウンしていた赤報隊との接触話を、鈴木が蒸し返し始めたような印象を受けるのは僕だけだろうか。
密会で何を話し合ったのか
では、このような密会を通じて、鈴木と謎の男はどんな話をしていたのだろう。手記の中にはこんな記述がある。
また、こんなことも書いている。
さらに、驚くべきは次の記述だ。
これにはさすがに唖然とした。
例によって、この会話が交わされた日時も場所も、さらには、どういういきさつでこういう会話をすることになったのかも一切書かれていないが、このやりとりが事実なら、鈴木は116号事件が公訴時効を迎えた2003年(平成15年)3月以降にも赤報隊らしき男と接触していたということになるではないか。
あまりに突飛な内容だが、とりあえず、これを〈時効後の接触〉と名付けておくことにする。
とらえどころのない文章
ただし。
この別冊宝島の手記は、読めば読むほどとらえどころがない。
具体的に言うと、主語がはっきりしない記述、時系列の乱れた記述、前段の文章を後段の文章で否定するような記述が多数あり、全体として事実関係が非常につかみにくい構造になっている。
「夕刻のコペルニクス」以上に幻想文学的雰囲気をまとっているというか、意図的に事実関係を曖昧にして読者をミスリードしようとする意図さえ感じられるのだ。
実をいうと、鈴木邦男が書いた文章の中には、こういうタイプのものが時々ある。
自分の頭の中の推理や妄想をあたかも確たる事実であるかのように断定調でズバッと書き、読者をびっくりさせた後で、「実は単なる想像かもしれないよ」ということを匂わせて煙に巻く、というのが典型的パターンだ。
良く言えば、文学的で比喩的。悪く言えば、書いてあることを言葉通りに受け取るのは危険すぎる、一歩引いたところで話半分に聞いておく必要があるといった感じだろうか。
この別冊宝島の手記もそんな匂いが漂っている。その意味では、先に挙げた「公安警察の手口」とは対照的な文章だと思う。
一体、この手記をどこまで真面目に受け取ればいいのだろうか。
頭の中を整理するためには、「夕刻のコペルニクス」以前に書かれた鈴木の著作にも当たってみる必要がありそうだ。(つづく)
つづきはこちら→【赤報隊に会った男】⑦ 鈴木邦男証言の疑問点
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