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【ショートショート】1985年の贋作小話 その89 「伊豆の踊子」

 これは、伊豆のある温泉旅館を舞台にした、女の復讐の物語です。

 アタシの名前はyukie。ポールダンサーさ。東京あたりじゃ、ちょっとは知られた顔だったけど、今じゃ都落ち。でも、伊豆のうらぶれた温泉旅館の仲居におさまってるのは、世を忍ぶ仮の姿。アタシには野望があるのさ。復讐という野望が。それを遂げるためには、あともう少し、ここで辛抱というわけさ。

 東京の店に出ていたときのことさ。ある日、どこかの田舎オヤジの団体が物見遊山でやってきたんだ。アタシは何だかイヤな予感がしてたんだ。都会に来て浮かれてる田舎オヤジなんて何するかわかんないんだよ。アタシの予感は的中したよ。アタシが御捻りをもらいにオヤジ連中のテーブルを回った時だったよ。やつらは千円札(千円だよ、千円! ケチくさい!)をアタシのビキニにねじ込むどさくさに、アタシの胸やらアソコに汚い手を入れてきやがったんだ。アタシはとっさに平手打ちをくらわしたさ。それでも次から次にやつらは手を伸ばしてくるんだ。アタシはカッとなって手近にあったビール瓶を振り回したんだ。頭が割れたオヤジがふたり、鼻っ柱がひん曲がったオヤジがひとり。店をクビになるにはそれで十分だったよ。こういう話って、業界の中じゃすぐに広まるからね。どこもアタシをポールダンサーとして雇ってくれる店はなかったってわけさ。

 アタシはどうしてもあの田舎オヤジ連中に復讐してやりたかった。ポールダンスはアタシのすべてだったからね。手を尽くして調べたところ、やつらはS県のサツマイモ農家の組合員だってわかったんだ。そして、やつらは毎年一回、伊豆の決まった宿に慰安旅行に行くってこともわかった。そして、アタシが今いる温泉旅館がその宿ってわけさ。

 ついに復讐の時がやって来た。今日の五時にやつらは宿に到着する。ひとっ風呂浴びて宴会、そのあと今度はゆっくりと湯につかりにくるだろうよ。その時がチャンスなんだ。
 アタシは仲居のひとりとして玄関にやつらを迎えに出た。あの顔、この顔、アタシにおいたをした顔が皆揃っている。やつらはアタシの顔なんて覚えてないかもしてないけど、アタシは忘れない。アタシはこの日のために、贅肉を一ミリもつけないように努力してきた。仕事が終わった遅くから、アタシは毎日トレーニングを欠かさなかった。その努力が報われるときが来たっていうわけさ。

 宴会が終わるとやつらはアタシの予想通り、一斉に露天風呂に向かったさ。アタシは行李の底に仕舞ってあったビキニに着替えて、庭に隠しておいたポールと取りに行った。そして、露天風呂の洗い場にポールをおっ立てたんだ。
 最初、やつらは予想外のアトラクションに唖然としていたけど、すぐにあの好色な目つきに変わったさ。湯船からアタシの演技を見つめる目は、どれも物欲しげで脂ぎってた。アタシはアタシの能力の限りの技を披露してやった。アタシのしなやかなからだはは蛇のように固いポールにからみつき、まるでポールがアタシのからだを貫いているように見えたに違いないんだ。そして、開脚技を随所にちりばめてやつらの期待に応えてやったのさ。
 十分、二十分、アタシは演技を止めなかった。やつらは熱い湯に茹りっぱなしだった。いや、湯から上がることができなかったのさ。やつらは他人の恥には鈍感なくせに、自分の恥には至極敏感なんだ。アタシの狙い通りだったさ。やつらは熱い湯から出ることができず、赤かった顔がだんだんと青ざめていったんだ。それでもやつらは自分の恥をさらすのを許さなかった。ぐったりと湯船の縁に倒れ込む者、鼻血を流して湯を染める者、中には湯に顔を漬けて起き上がれない者もいた。誰かが大声を上げ、異変に気付いた宿の人間があわてて皆を湯船から引き揚げていた。アタシはその様をポールのいちばん上を回転しながら、万華鏡でものぞいているような気持ちで眺めていたさ。

 あれからアタシは一度もポールに触れていない。アタシはポールを冒涜してしまったから、もうポールに触れる資格がないんだ。あたしはあの日にすぐ旅館をクビになったから、あのポールがあれからどうなったのかは知らない。
  アタシは今、別の旅館で仲居をしている。

                           おしまい


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