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【ショートショート】1985年の贋作小話 その99 「長いお別れ」

 二時間たっても彼は姿を見せませんでした
  テーブル席の客は、私の背後で既に何度か入れ替わっているようでした。バーの扉が開くたびに私は背中に期待を集めるのですが、声をかけてくる者はいませんでした。私はその間、カウンターの止まり木でぬるくなったビールを相手にしているよりほかありませんでした。
  十年後のこの日に、この店で会おうと提案したのは彼でした。お互いがその時どんな境遇に置かれていようと、必ずここで会うのだと約束したのです。そして、その十年の間、私たちは一切の関係を絶たねばならないのだと主張したのも彼でした。

  私たちは若くて親しい友人でしたが、生活の糧を同じ仕事に求めるべきではなかったのです。私たちは共同経営者となり、ある程度の成功は収めましたが彼はそれでは満足できませんでした。彼の野心は私が思っていた以上に大きく、際限のない欲求はリスクを増大させました。結局、私が反対した投資に彼は失敗し、私たちは私たちが立ち上げた仕事の権利を他人に譲り渡さざるを得ない状況になりました。
「きみなしでもう一度やり直してみるよ」
 彼は私に対して後ろめたさを感じているようでした。その一方で、彼ほどの野心を持たない私のことを疎ましく思っているようでもありました。

 私はビールのおかわりを注文しました。あと一杯を飲み干す間に彼が現れなければあきらめて帰ろうと決めました。彼にもきっと何か事情があるに違いないし、もしかすると約束をきれいさっぱり忘れてしまっているのかもしれない。でも、それならそれでも構わないと私は思いました。私たちはもう、若くて親しい友人ではないのですから。つまり、もうお互いがお互いにとって不可欠というわけではないのです。
 カウンターの向こうから飲み物が差し出されました。でもそれはビールではありませんでした。店のマスターは私の名前を確認し、私はそうだと答えました。
「ギムレットです。十一時になったらお出しするように言われております。お代はいただいておりますので」
 マスターはそう言うと、カクテルグラスの脇に小さな封筒を滑らせました。「二年前からお預かりしておりました」
 封筒には短い手紙が一枚、彼の筆跡でしたためられていました。
『約束を守れずに申し訳ない。どうにもうまくいかないんだ。俺は先に失礼するよ。君の成功を祈っている』
 そして彼の署名と二年前の日付。私はクテルグラスの細い脚をつまみ、薄緑色のほろ苦い液体を舐めました。もう永遠にお別れしていたんだと、私は理解しました。

                            おしまい



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