【ショートショート】1985年の贋作小話 その82 「空想先生」
「よく晴れた東の空で、チグリスユーフラテスがお昼寝をしていました」
空想先生の授業が始まりました。二年一組のちびっ子たちは、皆しっかりと目を閉じて先生の声に耳を傾けます。
「先生、ちぐりすナントカっていうのは鳥なんですか?」せっかちな一郎くんが質問します。
「先生、いくら鳥だってお空でお昼寝したら落っこちちゃいますよ」優等生の悟くんが意見します。
「さあ、どうでしょうね」先生は黙って空想だけするようにたしなめます。
「おやおや、何か聞こえてきます。チグリスユーフラテスは寝言を言っているようです。耳を澄まして聞いてみましょう」
「カササギはサギのなかま。カササギはサギのなかま」
「チグリスユーフラテスはささやくようにそう言っています。今度は違うことを言っているみたいですよ」
「アカゲラはアオゲラのともだち。アカゲラはアオゲラのともだち」
「そうささやいたかと思うと、チグリスユーフラテスは身もだえるように大きな翼をひるがえして寝返りをうちました。すると、あれだけ青かった空に雲が湧きたち、とたんにざーっと雨が降り出しました」
「チグリスユーフラテスの閉じた目からはたくさんの涙がこぼれていました」
「ぼくはだれのなかま? ぼくはだれのともだち?」
「そうつぶやくと、チグリスユーフラテスはぱっと目を覚ましました。そして、雨はあがり、雲は消え去り、またもとの青い空にかえりました」
「それから、チグリスユーフラテスはほんとうにみっともない自分をからだをしげしげと眺めてため息をつきました」
「さあ、今日の授業はこれでおしまいです。みなさんの心の中に描いたチグリスユーフラテスはどんな姿をしていたでしょうか。でもそれは、誰かと意見を言い合う必要ないですし、絵にかくことも必要ないのです。ただ、みなさんひとりひとりの心の中にそっとしまっておくだけで、それだけでいいのです」
おしまい