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【ショートショート】1985年の贋作小話 その74 「論語」

「子曰く!!」
 寺子屋では今日も子どもたちの元気な声が響きます。
「子曰く!! 犬もあるけば棒にあたる!!」
「子曰く!! 花よりだんご!!」
 あれあれ、何かおかしいですね。でも、子どもたちは一所懸命に声をそろえていますし、先生も教室の後ろから満足そうなニコニコ顔で子どもたちを眺めています。
 ここはとある地方の山深い山村です。寺子屋の生徒の誰もが貧しい農家の子どもたちです。だからどこの親たちも寺子屋なんかに行く暇があれば農作業を手伝わせたいのですが、ひとりの青年の熱心な説得によって週に一日一時間だけ勉強が許されたのです。
 青年の名は彦三郎といいました。彦三郎は貧乏農家の三男で何の教育も受けたことがなかったのですが、ある日町に出たときに感動的な体験をしたのでした。
「子曰く!! &%$#$%&#$“!!」
 お寺のお堂から、賢そうな子どもたちの唱和が聞こえてきたのです。もちろん、彦三郎には何を言っているのかさっぱりわかりません。ただ、どの唱和にもかならずその最初に「子曰く!!」という言葉がついています。彦三郎はこの「子曰く!!」に魅了されました。意味はわからないけれど、なんだかとってもかっこいい、と。彦三郎は寺男にあれは昔の偉人の教えをみんなして唱和しているのだと教えてもらいました。
 村に帰った彦三郎は子どものいる家を一軒一軒訪ね、自分が主宰する寺子屋にどうか子どもを通わせるよう説得して回りました。農民だって教育が必要だ、教育を受ければ親孝行もするし、畑仕事も精を出すようになると、半ば口から出まかせに触れて回りました。彦三郎はどうしても先生になって、この村に「子曰く!!」の声を響かせたかったのです。
 ところが、彦三郎には「子曰く!!」に続く言葉を何ひとつ知りません。何かありがたそうな言葉はないものかと考えた挙句が「犬もあるけば棒にあたる!!」であり「花よりだんご!!」であったわけです。

 ある日、村の孫助少年はおとっつあんの行商について町に出かけました。おとっつあんが内職のわら草履を道端で商うかたわらで、暇を持て余した孫助は大きな声でお勉強の復讐をします。
「子曰く!! 犬もあるけば棒にあたる!!」
「子曰く!! 花よりだんご!!」
 得意満面な孫助の前に、いかにも利口そうなお侍の子息が立ち止まりました。
「ほほう、論語のつもりかい。でも孔子先生はそんなことは言っていないよ」お侍の子息は孫助を見下したように言いました。「子曰く!! &%$#$%&#$“!! これが論語というものさ」
 孫助にはそれは何かの呪文のようにしか聞こえませんでした。そして、孔子先生というのが誰だかは知りませんが、彦三郎先生を馬鹿にする輩は許せませんでした。
「へえ、まるで呪文のようだね。どういう意味なんだい」
 孫助は負けていません。問われたお侍の子息は言葉に詰まってしまいました。論語をいくつも暗唱できるのですが、それが何を意味するのかは知らなかったのです。
「おまえなんかに言ったってわかるもんか」お侍の子息は負け惜しみを言います。「じゃあ、おまえがさっき言ってたのはどんな意味なんだい」
 村でも勉強熱心で知られる孫助は胸を張って答えます。
「子曰く!! 犬もあるけば棒にあたる!! 犬だって棒にあたればたんこぶができてかわいそうだから、動物とは仲良くしようね!!」
「子曰く!! 花よりだんご!! お母さんにはお花をあげるよりお団子をあげたほうがよろこぶよ!!」
 孫助は彦三郎先生に教わった通りに答えました。子どもたちに少しだけでも何かを教えてやれたのは、孔子先生ではなくて彦三郎先生であったのかもしれません。
                            おしまい

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