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【ショートショート】1985年の贋作小話 その61 「藤十郎の恋」

 男ばかり十人兄弟の末っ子、藤十郎は恋の悩みをいちばん仲のいい藤四郎兄さんに相談しました。
「女なんてのはなぁ」藤四郎兄さんはしたり顔で藤十郎に説いてやります。「女なんてのはなぁ、褒めて褒めて褒めまくるまでのことよ。褒めてりゃそのうちどうにかなるってもんよ」
 そこで藤十郎は娘さんがいかに美人であるかを付文にしたためましたが、何の反応もありません。
「美人に向かって美人だ美人だと言ったところで芸がねえ。娘さんが気にしていることを褒めてやってこそ、効き目があるっていうもんよ」
 藤十郎はそんなものかと納得して、娘さんのちょっと天井を向いた鼻の穴がいかに魅力的であるかを付文にしたためました。ところが今度も何の反応もありません。
「女なんてのはなぁ、押して押して押しまくるまでのことよ。そうしてりゃ、そのうちどうにかなるってもんよ」
 大好きな藤四郎兄さんの言うことですから、素直な藤十郎は真に受けます。今度は娘さんのほとんど垂直に垂れ下がった目尻が、いかに男心をくすぐるかをしたためます。その次は深い草むらのように濃い眉毛を、その次はいつもカサカサに乾燥してひび割れた唇を、その次は喉の肉に埋まってしまって所在のわからないあごを、それぞれ心を込めて褒めてやりました。しかしいっこうに付文の返信はありません。
「どうだい藤十郎、おまえの恋は成就しそうかぃ」ある日藤四郎兄さんは尋ねました。藤十郎は浮かない顔をしています。
「なんだかさぁ、もう覚めちゃったんだ。なんであんなおかちめんこに恋をしてたんだろうって」
 藤十郎は藤四郎兄さんの注進に従ったばかりに、娘さんのどこもかしこも欠点だらけに思えてきたのです。相談した相手が悪かったのでしょう。ひどい話です。
                            おしまい


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