【ショートショート】1985年の贋作小話 その88 「吾輩は猫である」
三匹の猫がこたつに背中をまるめて温まっていました。
「まったく、にんげんってのはいい気なもんだよな」学ランに日の丸ハチマキの特攻猫はうんざりして言いました。「裸一貫、四つ足動物のおいらにこんなもん着せたうえに直立させて喜んでるんだから。何が面白いってんだろう」
「キミなんてまだいいほうさ。ぼくなんて」腰にサーベル、長靴をはいた猫は言いました。「こんなもの履かされた日にはうまく走れやしない。まったく、肉球の有用性ってものをてんで理解してないんだからな」
「おやおや、贅沢言っちゃいけない。アタシなんてバケモンだからね」ふたつに割れた尾っぽを振りながら猫又がたしなめます。「あたしゃ糞不味いにんげんなんて食いたくないってえの。アタシの好物はカルカンさね」
ともあれ、三匹ともがにんげんに対して大いに不満をもっているのは確かなようです。それぞれに物思いをしていた三匹の目が、ふと一か所で重なる瞬間がありました。「いっちょう、にんげんを懲らしめてやるか」思いはひとつであったようです。三匹は久しぶりに野生の血が騒ぐのを感じました。そして、お互いの肉球を高らかにひとつに合わせて唱和しました。
「我々は猫である!!」
その日の丑三つ時、にんげんの枕元にまず立ったのは猫又でした。猫又は全身の毛を逆立て、大きく見開いた眼には針のように細い瞳孔を光らせます。「やい、にんげん」猫又は顎を外さんばかりに大きく口を開くと、むくむくとそのからだを巨大化させてにんげんに覆いかぶさりました。夢うつつのにんげんは何が起こったのかわかりません。ただ、いきなりのバケモノの登場に恐怖にかられるばかりです。にんげんがあわててからだを起こそうとしたとき、胸のあたりをむんぎゅと踏みつけるものがありました。「逃がしはせんぞ」長靴をはいた猫はかかとに全体重をのせて、サーベルの先っちょをにんげんの鼻っ面に突き付けました。
「た、助けてくれー」にんげんのその叫び声は残念ながらどこにも届きませんでした。凄まじい爆音とともに、何か大きくて黒いものが障子を破って飛び込んできたからです。特攻猫がまたがったカワサキHK250のタイヤがにんげんの顔面をかすめ、かっこよくドリフトを決めました。「今度は顔にタイヤの跡をつけるだけじゃ済まないぜ」
にんげんはもうただ茫然としてしまって、抗う力も残っていないようでした。
ぽかぽか陽気の春の縁側に、三匹の猫が背中をまるめてうつらうつらとしていました。
「おいら、ハーレーに乗ってみたいな」寝言でしょうか。特攻猫がつぶやきました。「ぼくはフェンシングでオリンピックにでるんだ」長靴をはいた猫が寝言に寝言で答えます。
「アタシはどうしようかねえ」猫又だけは目を覚ましていました。そして、幸せそうに夢の中をさまよっている二匹にやさしく話しかけました。「結局、まんざらでもないってことさあね」
おしまい