【ショートショート】1985年の贋作小話 その91 「小僧の神様」
和尚さんのいいつけで町にお使いに出かけた小僧さんは、町屋の軒先でうずくまっている妙な人をみつけました。ほこりだらけの黒い布切れで全身をすっぽりと覆い、真っ赤なかみの毛のてっぺんをつるつるに剃っています。どこかにちょんまげが隠れているのだろうと恐る恐る近づいてみるのですが、それらしいものは見つかりません。抱えた膝の間に顔をうずめてピクリとも動きません。
「もしもしお前さま、どこかからだの具合でもお悪いのですか」
小僧さんの問いかけにその人はむっくりと顔をあげましたが、その顔を見て小僧さんは思わず飛びのきました。槍のようにとがった鼻に耳まで裂けたうすい唇。そして何よりも、その青色をした目の玉にびっくり仰天してしまったのです。
「あなたは神を信じますか・・・」
つるつるさんは小僧さんの問いかけには答えず、弱々しい声で今度は小僧さんに問いかけました。その言葉には変な抑揚がついていて、なんだか町の子どもの遊び唄のようにも聞こえました。
からだが弱り果てているのは間違いありませんでした。小僧さんは風呂敷包みを解いてお饅頭をひとつ、つるつるさんに差し出しました。和尚さんに言いつけられて買い求めたお供え物なのですが、人助けに使うのなら仏様も許してくださるだろうと思ったのです。つるつるさんは「おお、神よ」とつぶやくと、額に胸とにもぐさを乗せるような仕草をしてから無我夢中でお饅頭にかぶりつきました。
「あなたに神のお恵みあれ・・・」
お饅頭を喉に通してしまうとつるつるさんはそう言いました。
「先ほどからお前さまがおっしゃるカミとは何でしょうか。おキツネ様のようなものでしょうか」
仏様の教えしか教えられていない小僧さんは神が何なのかわかりません。
「オーノー。神はキツネではありません。神は天を創り、地を創り、我々をお創りになった創造主です。神は我々の父であり、いつでも我々を見守っていてくださるのです」
「わたしの父なら田舎で百姓をしております」
「オーノー。その父ではありません。父の父も神であり、母の父も神であり、父の父の父も神なのです」
つるつるさんはだんだんと元気になってきたようですが、小僧さんにはさっぱり何のことやらわかりませんでした。
すっかり道草を食ってしまったと気づいた小僧さんは「では、お達者で」と踵を返そうとしましたが、つるつるさんに呼び止められました。
「オマンジュウをくださったお礼にこれを差し上げましょう。神のご加護がありますように・・・」
つるつるさんは首にぶら下げたお数珠のようなものを外して、小僧さんの手に握らせました。お数珠の先っちょにはバッテンの形をした飾りがぶら下がっていました。
寺に戻った小僧さんは、つるつるさんにもらったお数珠をどうしたものかと思案しました。どうやらこれは、わたしを護ってくれるもののようだ。でも、わたしだけが護られたのではそれは仏様の教えに背くことになる。はて、どうしたものか・・・。
次の朝の勤行に、和尚さんは理由のわからない居心地の悪さを感じていました。昨日とは何かが違っていると。それが何なのかに気づいたのは、もうお経が終わりかけている頃でした。ご本尊様の首に奇妙なお数珠がかけられているではありませんか。和尚さんは怒り心頭です。小僧さんはこっぴどく叱られるのを覚悟で、すぐに自分の仕業だと白状しました。
「あれは首からぶら下げた人を護ってくださるおまじないだそうなのです。わたくしは、それならぜひとも仏様をお護りいただきたいと思ったのでございます」
小僧さんは昨日のいきさつを和尚さんに話しました。和尚さんは小僧さんの仏様を思う気持ちに打たれ、小僧さんを許してあげました。それどころか、仏様のお数珠はそのままにしておきましたから、それは今でもどこかのお寺のご本尊様の首にぶらさがっているはずなのです。
おしまい