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【ショートショート】1985年の贋作小話 その93 「日はまた昇る」

 洞窟にお隠れになった天照大神はある日、岩戸の外で何やら話し声がするのを聞きました。
「いいじゃないか、一回だけだから」
「ダメよ、こんなところで。誰かに見られたらどうするの」
「見られやしないさ。こんなに真っ暗なんだから」
 どうやら男と女のむつみ合いのようでした。天照大神は全身を耳にして岩戸の裏にはりつきます。
「ほんとに一回だけよ。アタシ、そんな女じゃ・・・」
「おまえだって嬉しいくせに。ほれっ・・・」
「あ、いや、もう、せっかちなんだから・・・」
 天照大神はだんだんと腹が立ってきました。世の中を真っ暗闇にしてしまったがために、こんなふしだらなことが屋根のないところで行われしまうのです。皆が困ればいいと思って洞窟に籠ったのに、これでは楽しみを増やしたようなものです。天照大神は天の岩戸に籠ったことを後悔しました。いえ、それは嫉妬でした。畜生め、あんたたちばっかりにいい思いはさせないわよ。
 天照大神は天の岩戸を力いっぱい引き開けました。洞窟からまばゆい光が溢れ、あたりを明るく照らし出しました。洞窟の前の草むらには、真っ裸の男と女が絡み合っていました。驚いた男と女はお互いのからだを突き放しました。は、は、は、ざまあみろ。天照大神は有頂天です。
 ところがです。そこにいたのは裸の男と女だけではありませんでした。男と女を取り囲むように、鼻の下を伸ばした八百万の神々がずらりと勢ぞろいしていたのです。慌てふためく神々は右往左往、口々に言い訳にならない言い訳を独り言ちながら山の向こうに逃げて行きました。
  天照大神はあきれ果てました。いやしくも神と名のつく者がデバガメとは何ごとであるか。天照大神は再び天の岩戸をぴたりと閉じられました。

  それから後のことはみなさんの知る通りです。八百万の神々は自身のデバガメ行為を反省し、知恵を絞って天照大神を天の岩戸から誘い出しました。でも、みなさんにはあまり知られていないことも実はあるのです。天照大神がお隠れになったその十月の後、この国で最初のベビーブームが起きたことは、何故だかどの文献をあたっても見当たらないのです。

                         おしまい


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