ITOVEBI (inavolisib)がPIK3CA遺伝子に変異を認める進行性・転移性乳がんの新規治療薬としてFDAに承認された
2024年10月10日、ITOVEBI (inavolisib)がPIK3CA遺伝子に変異を認める進行性・転移性乳がんの新規治療薬としてFDAに承認されました。
乳がんについて
乳がんは、がん細胞の特性に基づいていくつかの主要なサブタイプに分類され、それぞれ異なる治療が適用されます。
ホルモン受容体(HR)陽性乳がん
特徴:エストロゲン受容体(ER)またはプロゲステロン受容体(PR)のいずれか、または両方が陽性であることを意味します。
治療:ホルモン療法が中心で、タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬が使用されます。再発リスクが高い場合はCDK4/6阻害薬の併用が推奨されています。この記事で紹介するITOVEBIはここに分類される乳がんの新しい治療薬です。
HER2陽性
特徴:ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)の過剰発現が確認されます。
治療:トラスツズマブやペルツズマブといったHER2を標的とする分子標的薬が使用されます。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)
特徴:ER、PR、HER2のいずれも陰性であるため、ホルモン療法やHER2標的療法が無効です。
治療:殺細胞性抗がん薬による化学療法が行われますが、最近では免疫チェックポイント阻害薬なども使用され、治療選択肢が増えつつあります。
その他、BRCA1/2を代表とするHRR(homologous recombination repair)関連遺伝子に変異がある患者さんに対してばPARP阻害薬が利用されます。乳がんの分類に基づく治療アプローチは、がん細胞の特性に合わせた個別化医療を実現する重要な役割を果たしています。
ITOVEBIとは
ITOVEBI(inavolisib)は、Genentech社(Rocheグループの一員)が開発した経口用PI3キナーゼ阻害薬です。この薬剤は、PIK3CA遺伝子変異を有するホルモン受容体(HR)陽性かつHER2陰性の進行性または転移性乳がんを対象に、イブランス(palbociclib, CDK4/6阻害薬)とフェソロデックス(fulvestrant, エストロゲン受容体拮抗薬)と併用されます。
作用機序
Inavolisibは、細胞の生存や増殖を促進する細胞内シグナル伝達経路であるPI3キナーゼ(phosphatidylinositol-3 kinase)を強く抑制するPI3キナーゼ阻害薬です。
遺伝子変異によりPIK3CA(PI3キナーゼの触媒ドメインであるp110α)が恒常的に活性化した変異を持つ乳がん細胞において、この薬物はPI3キナーゼを阻害し、下流分子であるAKTのリン酸化と活性化を抑制します。AKTは細胞の生存に重要な役割をもっており、AKTの活性化を防ぐことでがん細胞の増殖と生存を抑制し、細胞死)を誘導します。類似の作用機序を示す薬物としてトルカプ(capivasertib, AKT阻害薬)、Piqray (alpelisib, PI3キナーゼ阻害薬、日本では未承認)があります。Alpelisibの有効性を検証した臨床試験では、日本人における十分な有効性は認められませんでした。
臨床試験
ITOVEBIの有効性と安全性はINAVO120試験(NCT04191499)と呼ばれる第3相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験で評価されました。試験はHR陽性、HER2陰性、PIK3CA変異を有する進行性または転移性乳がん患者を対象として行われました。同じ作用機序を示すalpesilibの副作用として高血糖が認められることから、一定の基準(HbA1c6%未満、空腹時血糖126 mg/dL未満)が設けられており、I型糖尿病患者は対象から外され、II型糖尿病患者に対してはその治療が併用されています。ITOVEBIまたはプラセボはpalbocilclibおよびfulvestrantと併用する形で投与されました。
ITOVEBI併用群でプラセボ併用群に比べて有意に高い無増悪生存期間(PFS)が確認されました(15.0ヶ月 vs 7.3ヶ月、ハザード比0.43)。また、ITOVEBI併用群は客観的奏効率(ORR)が58%とプラセボ投与群の25%比べて高いことが示されました。
安全性・副作用
臨床試験では、ITOVEBI(イナボリシブ)の主な副作用として高血糖、口内炎、下痢、および発疹が報告されています。高血糖はITOVEBI群の85%の患者に発生し、そのうち12%が重症度Grade 3(空腹時血糖250〜500 mg/dL)で、0.6%がGrade 4(500 mg/dL超)に分類されました。これに対しては、糖尿病治療薬の投与やITOVEBIの用量調整が実施されました。口内炎は患者の51%に発生し、6%が重度(Grade 3)でした。また、下痢は48%の患者で認められ、重症例(Grade 3)は3.7%でした。
ITOVEBIはPIK3CA変異を有する患者に対する有効な治療選択肢ですが、治療中は血糖値の定期的なモニタリングが推奨されるほか、場合によっては糖尿病の治療が必要とされます。