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GLP-1製剤(GLP-1受容体アゴニスト)の市場分析 2
糖尿病の治療薬として利用されていたGLP-1 (glucagon-like peptide-1) 受容体アゴニストが、肥満症に対しても有効であることが明らかになり、近年、注目を集めています。
前編ではGLP-1製剤の作用機序、歴史、現在の市場分析を行いました。
後編では現在開発中のGLP-1製剤関連の糖尿病治療薬・抗肥満薬の紹介と分析を行います。
GLP-1製剤の開発状況
現在販売中のGLP-1製剤
-Semaglutide, Tirzepatide:2型糖尿病(Ozempic, Mounjaro)および肥満(Wegovy, ZepBpound)に対するFDAの承認を得た際の臨床試験において、以下の成績が示されました。
Ozempic:コントロール不良の2型糖尿病患者に対して行われた試験において、最高用量(1 mg)を30週間投与後にHbA1cは1.6%(プラセボは0.1%)減少しました。70%の患者でHbA1cが7%未満まで低下しましたhttps://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2017/209637lbl.pdf
Mounjaro:コントロール不良の2型糖尿病患者に対して行われた試験において、最高用量(15 mg)を40週間投与後にHbA1cは1.7%(プラセボは0.1%)減少しました。78%の患者でHbA1cが7%未満まで低下しました。https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2022/215866s000lbl.pdf
Rybelsus:2型糖尿病患者に対して行われた試験において、最高用量(14 mg)を26週間投与後にHbA1cは1.4%(プラセボは0.1%)減少しました。77%の患者でHbA1cが7%未満まで低下しました。https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2024/213051s018lbl.pdf
Wegovy:非糖尿病、BMI30以上または27以上で心血管リスクのある肥満症患者に対して行われた試験において、最高用量 (15mg)で68週間後に体重は14.9%(プラセボは2.4%)減少しました。15%以上減少した患者の割合は47.9%(プラセボ4.8%)でした。https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2023/215256s007lbl.pdf
ZepBound:非糖尿病、BMI30以上または27以上で心血管リスクのある肥満症患者に対して行われた試験において、最高用量 (15mg)で72週間後に体重は20.9%(プラセボは3.1%)減少しました。15%以上減少した患者の割合は70.6%(プラセボ8.8%)でした。https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2023/217806s000lbl.pdf
これらの成績は、今後開発が進むGLP-1製剤が目指す一つの指標になります。
現在開発中のGLP-1製剤
Semaglutide、Tirzepatideに続く、新しいGLP-1Rアゴニスト製剤の開発が各社で進んでいます。作用機序に基づいて分類します。
GLP-1 Rアゴニスト
GLP-1受容体を刺激する薬剤です。Semaglutide (Ozempic, Rybelsus, Wegovy)が分類されます。投与経路に制限のあるペプチド型ではなく、患者の負担が少なく、経口投与可能な非ペプチド型のGLP-1受容体アゴニストの開発が進んでいます。
Olfoglipron
Eli Lillyで開発中の経口投与可能な薬剤です。
2型糖尿病患者(HbA1c 7.0-10.5%)を対象とした第2相試験では最高用量で試験終了時(26週間)HbA1cを2.1%減少させました(dulaglutide: 1.1%、placebo: 0.43%)。体重の減少量は10.1 kg(プラセボは 2.2 kg)でした。
16週間時点での変化はHbA1cは1.87% (プラセボは0.24%)減少、体重は9 kg (プラセボは1.8 kg)減少でした。食事の制限なく1日1回投与されており、高用量群に対しては徐々に投与量を増やす方法がとられています。doi.org/10.1016/S0140-6736(23)01302-8
肥満症患者(平均体重108.7 kg, BMI 37.9)を対象にした第2相試験の結果も報告されました。最高用量群において36週間で体重は14.7% (15.4 kg)(プラセボは2.3% (2.4 kg))減少しました。15%以上減少した患者の割合は48%(プラセボは1%)でした。
Danuglipron
Pfizer社が開発中の経口投与可能な薬剤です。
2型糖尿病患者(HbA1c 7.0-10.5%)を対象とした第2相試験では16週間でHbA1cを1.18%(placebo: 0.04%)減少させました。体重の減少量は4.6 kg(placebo: 0.43 kg)でした。
Danuglipronは1日2回の投与が必要で、食事と一緒に服用されます。臨床試験の結果を受けて、1日2回投与型のdanuglipronの開発は中止されています(1日1回投与型の開発は継続しています)。doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.14493
CT-996
Roche社が開発中の経口投与可能な薬剤です。Carmot社で開発されましたが、Roche社がCarmot社を買収しました。
第1相試験でCT-996の投与により4週間で体重が9.6%(プラセボは1.2%)減少したことが報告されています。1日1回投与の経口薬です。https://www.roche.com/media/releases/med-cor-2024-07-17
Olfoglipronもdanuglipronもその他のGLP-1アゴニストと同様に消化器症状(悪心、下痢)が主な副作用です。副作用の出現率はolfoglipronでやや高かったものの、副作用による試験中止はdanuglipronの方が高くなっています。
個人的には、2型糖尿病患者を対象にして行われた2つの試験におけるプラセボ群の違いが興味深かったです。Danuglipronの試験期間が2020年7月から2021年7月、olfoglipronの試験が2021年9月から2022年9月に実施されています。
前者がCOVID-19パンデミックの最も酷い、外出制限のある「異常な状況」で実施されていることがプラセボ群の違い(Danuglipron: 0.04%の減少、Olfoglipron: 0.43%の減少)に現れているのかもしれません。外出して運動ができるような状況ではなかったですからね。
GLP-1 Rアゴニスト/GIP Rアゴニスト・アンタゴニスト
GLP-1受容体およびGIP受容体に作用する薬剤です。Tirzepatide (Mounjaro, Zepbound)が分類されます。
VK2735
Viking therapeutics社が開発中の薬剤です。GLP-1受容体を刺激し、GIP受容体も刺激する、Tirzepatideと同様の作用機序の薬物です。経口と皮下注射の2つの投与手段が可能です。
第1相試験でVK2735の1日1回の経口投与により4週間で体重が5.3%(プラセボ群は2.1%)減少したことが報告されています。また、1週間に1回の皮下注射により4週間で体重が7.8%(プラセボ群は1.8%)減少したことが報告されています。https://tinyurl.com/5n84wrxn(経口投与)https://tinyurl.com/5fu66y5w(皮下投与)
肥満症患者を対象として行われた第2相試験ではVK2735を1週間に1回皮下注射で投与することで、13週間で体重が14.7%(プラセボ群は1.7%)減少したことが報告されています。https://tinyurl.com/bd3krfdf
MariTide (AMG133, maridebart cafraglutide)
Amgen社が開発中の薬剤です。GLP-1受容体を刺激するペプチドと、GIP受容体をブロックする抗体を結合させた新しいデザインの薬剤です。1ヶ月 (!) に1回の頻度で皮下注射で投与されます。
肥満症患者を対象として行われた第1相試験では1ヶ月に1回の皮下投与で7日目の体重が4.9%(プラセボ群は0.04%)減少、85日目の体重が14.9%(プラセボ群は1.5%)減少していました。
非常に興味深いことに、最後の投与(3回目の投与)から70日間体重の減少は保たれており、150日後も11.2%減少したままでした。驚異的な作用の持続期間です。doi.org/10.1038/s42255-023-00966-w
肥満症患者を対象として行われた第2相試験では52週後の体重が約20%減少していました。糖尿病患者では体重は約17%減少し、HbA1cは2.2%低下していました。減少はプラトーに達しておらず、さらなる減少が予想されるとのことでした。https://tinyurl.com/58a9yfur
GIP受容体の刺激もGIP受容体の遮断もポジティブな結果を残しているのは非常に興味深いです。
MariTideの1ヶ月に1回投与は経口薬と同様、患者の負担を減らすための新たな試みでPhase 3試験の結果が注目されます。
GLP-1 Rアゴニスト・グルカゴン受容体アゴニスト
Pemvidutide
Altimmune社が開発中の薬剤です。GLP-1受容体とグルカゴン受容体を刺激する二重アゴニストです。
肥満症患者を対象として行われた第2相試験では48週後の体重が約15.6%(プラセボ群は2.2%)減少していました。減少はプラトーに達しておらず、さらなる減少が予想されるとのことでした。 https://tinyurl.com/e7t8kxra
Survodutide
Boheringer Ingelheim社が開発中の薬剤です。GLP-1受容体とグルカゴン受容体を刺激する二重アゴニストです。
肥満症患者を対象として行われた第2相試験では46週後の体重が14.9%(プラセボ群は2.8%)減少していました。 DOI: 10.1016/S2213-8587(23)00356-X (論文の本文は確認していません)
Mazdutide
Innovent Biologics社が開発中の薬剤です。Eli Lillyが開発したものを導入しました。GLP-1受容体とグルカゴン受容体を刺激する二重アゴニストです。
2型糖尿病患者を対象として行われた第2相試験では、20週後のHbA1cが1.67%(プラセボ群は0.03%)減少していました。体重は16.12%(プラセボ群は3.28%)減少していました。doi.org/10.2337/dc23-1287
肥満症患者を対象として行われた第2相試験では、24週後の体重が11.3%(プラセボ群は1.0%)減少していました。
中国人を対象に実施されている臨床試験なので、試験結果を解釈する上で、肥満の基準が大きく異なる(欧米諸国と比べると、日本人や中国人は体重が少ない)ことに注意する必要があります。doi.org/10.1038/s41467-023-44067-4
GLP-1Rアゴニスト/アミリン受容体アゴニスト
CagriSema
NovoNordisk社が開発中の薬剤です。Semaglutide 2.4 mg(GLP-1Rアゴニスト)とcagrilinitide 2.4 mg(アミリンRアゴニスト)の合剤です。1週間に1回皮下注射で投与されます。アミリンはインスリンとともに膵臓β細胞から分泌されるホルモンで、胃運動抑制、食欲抑制、グルカゴン分泌抑制作用を示します。
肥満症患者を対象として行われた第3相試験では68週間後の体重減少がCagriSemaで22.7%、Semaglutideで16.1%、Cagrilinitideで11.8%、プラセボ群で2.3%でした。25%以上の体重減少を示した患者はCagriSemaで40.4%、Semaglutideで16.2%、Cagrilinitideで6.0%、プラセボで0.9%でした。https://tinyurl.com/hkrk3ebw
GLP-1Rアゴニスト/GIP Rアゴニスト/グルカゴンRアゴニスト
Retatrutide
Eli Lillyが開発中の薬剤です。GLP-1受容体、GIP受容体、グルカゴン受容体を刺激する三重アゴニストです。
2型糖尿病患者を対象に行われた第2相試験では36週後のHbA1cが2.16%(プラセボ群は0.3%)減少していました。体重は7.1%(プラセボ群は1.4%)減少していました。doi: 10.2337/dc23-1287
肥満症患者を対象として行われた第2相試験では48週後の体重が24.2%(プラセボ群は2.1%)減少していました。DOI: 10.1056/NEJMoa2301972
2型糖尿病
肥満症
さて、ここからは分析とは離れた、医学研究者・臨床医としての個人的な感想を述べたいと思います。
2型糖尿病に関してはHbA1c低下率、肥満症に関しては体重減少率ばかりが注目されますが、ここまで数多くの薬剤が開発されると、効果だけでなく、投与の簡便さ、副作用の軽さといった、患者さんのQOLに直接関わる要素が、薬剤選択において重要になってくるのではないでしょうか。
投与の簡便さとしては、経口薬や1ヶ月1回投与の薬剤が有利でしょう。
副作用でもある「悪心・下痢」はGLP-1受容体アゴニストの作用 (on-target effect) でもあるので、避けることができません。
特に悪心は、患者さんの「主観」に左右されるため、臨床試験で得られる副作用の出現率や試験中断率といった客観的なデータだけでは捉えきれない側面があります。患者さん個々で感じ方が異なるため、実際にはデータ以上に患者さんの負担になっている可能性を考慮すべきでしょう。
多くの薬剤が販売され、競争の中で患者が下す判断から、どの薬剤がよいのか明らかになるように思います。
近年、肥満症ではない方が、ダイエット目的でGLP-1製剤を利用する例も見受けられます。しかし、これらの薬剤は、あくまで2型糖尿病や肥満症など、代謝異常を抱える個体における安全性しか評価されていません。
代謝異常のない個体が、安易に食欲を抑制する薬剤を摂取した場合、長期的にどのような影響を及ぼすか、その安全性については全く検討されていません。
食欲は、視床下部が司る生存に必要な本能であり、この本能を薬剤で長期的に抑制することのリスクについても、十分に注意する必要があります。
多くの薬剤が開発され、競争の中で患者さんが下す判断が、どの薬剤が最も患者さんに合っているかを明らかにする上で重要になるでしょう。GLP-1受容体作動薬の使用に関しては、効果だけでなく、安全性や長期的な影響についても引き続き注意を払いながら、より最適な治療法を見つけていく必要があると考えます。
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