AQNEURSA(levacetylleucine) がニーマン・ピック病C型の新規治療薬としてFDAに承認された
2024年9月24日、AQNEURSA(levacetylleucine) がニーマン・ピック病C型の新規治療薬としてFDAに承認されました。
ニーマン・ピック病について
ニーマン・ピック病は細胞内で脂質を分解・輸送する酵素の先天的な異常により、神経細胞や肝臓、脾臓などの細胞に脂質が蓄積する先天性代謝疾患です。酸性スフィンゴミエリナーゼ酵素の異常でスフィンゴミエリンが蓄積するA型、B型とNPC1およびNPC2遺伝子の異常でコレステロールやその他の脂質が蓄積するC型に分類されます。
ニーマン・ピック病C型(NPC)の原因遺伝子であるNPC1およびNPC2は細胞内でコレステロールを必要な場所へと輸送する機能をもっており、その異常により細胞内にコレステロールやその他の脂質が異常に蓄積します 。この蓄積は、神経系を含む多くの臓器に影響を与え、特に運動機能、認知機能、言語、嚥下(えんげ)に問題が生じます 。進行が速い乳児型、徐々に進行する幼児型、さらには成人発症型まであり、症状の現れ方や進行速度は個々に異なります。現時点では、完全な治療法はなく、症状の進行を遅らせるための治療が行われています。
AQNEURSAとは
AQNEURSA (levacetylleucine) は、必須アミノ酸であり、分岐鎖アミノ酸でもあるロイシン由来の化合物(N-Acetyl-l-Leucine)です。IntraBio社が臨床開発と販売を行なっています。
成人および体重15kg以上の小児のNPC患者に使用されます。IntraBio社はNPC以外にもGM1/GM2ガングリオシドーシス、毛細血管拡張性運動失調症、脊髄小脳変性症といった神経系の稀少疾患、ムズムズ足症候群、片頭痛、認知症、パーキンソニズム・多系統萎縮症などの疾患の治療への適応を目指し、開発を進めています。
従来の治療薬であるmiglustat (ZAVESCA 、日本での薬剤名はブレーザベス) は、グルコシルセラミド合成酵素の阻害薬で、NPC患者で蓄積が認められる脂質の一種であるガングリオシドの合成を阻害することで薬理作用を発揮します。AQNEURSAは後述するように全く異なる作用機序で有効性を示す薬物です。
作用機序
N-Acetyl-l-Leucineは食事中のタンパク質に含まれるロイシンとは異なり、LAT1 (l-type amino acid transporter)ではなく、organic anion transporters (OAT1 and OAT3) やmonocarboxylate transporter type 1 (MCT1)を通じて細胞に取り込まれます。MCT1は全身に発現しているため、N-Acetyl-l-Leucineも神経細胞を含む全身の細胞に取り込まれ、細胞内に作用します(Sci Rep. 2021 Aug 4;11:15812. )。
N-Acetyl-l-Leucineの細胞内における正確な作用機序は不明です。今回の承認のきっかけとなった論文には細胞内の代謝を正常化し、ATPの産生効率を改善するとありますが、引用先がないので正確なところはわかりません。N-Acetyl-l-Leucineがオートファジーという細胞内のシステムを改善させ、蓄積したタンパク質凝集体や損傷した細胞内小器官の除去を通じて神経保護効果を示すとの報告もあります(Sci Rep. 2021 Apr 29;11(1):9249. )。
詳細なメカニズムは不明ですが、N-Acetyl-l-Leucineを神経細胞に作用させることで、静止膜電位が正常化すること、神経細胞死や炎症マーカーの発現が抑制されることが報告されています。
臨床試験
AQNEURSAの有効性と安全性は、60名のNPC患者を対象にした無作為化二重盲検クロスオーバー試験で評価されました(NCT05163288)。
クロスオーバー試験は症例数が少ない場合や、慢性的に進行する疾患で薬理作用が可逆的であることが想定される場合に採用されます。患者は30名ずつに2群に分けられ、一方は前半の3ヶ月間AQNEURSAが投与され、後半の3ヶ月はプラセボが投与されます。もう一方は逆に前半の3ヶ月間プラセボが投与され、後半の3ヶ月はAQNEURSAが投与されます。
主要評価項目は「SARA (Scale for Assessment and Rest of Ataxia)」 という指標を利用して行われました。SARAは歩行や姿勢保持など運動に関する8項目で構成された指標で脊髄小脳変性症などの運動失調が認められる疾患の評価に利用される臨床評価尺度です。合計40点で、点数が高いほど重症です。AQNEURSAを投与された期間、プラセボを投与された患者と比較してSARAスコアは平均0.4ポイント改善し、特に歩行や姿勢の安定性に顕著な効果が見られました 。
安全性・副作用
臨床試験において、AQNEURSAを投与された患者で上気道感染症、腹痛、嚥下困難、嘔吐が報告されましたが、これらの副作用はすべて軽度であり、治療の継続を妨げるものではありませんでした。また、臨床研究中にAQNEURSAの投与により”酒さ”の悪化が1例見られたものの、一過性のもので、投与は継続されましたが回復しました。必須アミノ酸であるロイシンと酢酸を結合させた化合物なので、基本的には人体にとって大きな害はないことが推測されます。
今回、AQNEURSA、MIPLYFFAと2つの薬物が稀少疾患であるニーマン・ピック病C型の新規治療薬として承認されました。治療オプションが増えることで複合的にNPCの予後が改善することが望まれます。
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