初めてのプレミアムシート Footballがライフワーク Vol.18
ガリー・メデルの声が聞こえてくる。通い詰めてきたわが神戸のホームスタジアムではあっても、眼下に選手の入場ゲートがあるシートに腰掛けるのは初めて。せっかくなら1試合目も観ようと、有休をもらって駆け付けたチュニジアとチリの対戦。久しぶりに最寄り駅近くの洋菓子店「ハニーレモン」に立ち寄り、シュークリームの変わらぬ美味しさを確かめた頃には15時15分。ランチタイムならぬティータイムのキックオフ、皮革製の柔らかいシートにもたれながら、贅沢なひとときを噛みしめた。カーディフやインテルに在籍したチリの主将は途中で退いてチームも完敗に終わったが、中盤の底から長短のパスを配しながら、まだ客入りの少ない場内にコーチングの声を響かせていた。
カタールワールドカップまで残り半年をきった今月、日本代表が臨む4連戦の相手はいずれも実力国。ホームにこのレベルの国々を迎え、華々しい舞台が用意されたのはいつ以来か。さながらプレワールドカップが実現した2週間あまりは、チーム強化とメンバー選考の両面で重要な機会となった。初戦はパラグアイに快勝し、小さくない期待を抱いた直近のブラジル戦だが、最少失点で敗戦。常に3点以上奪われてきた印象のある王国との対戦、贔屓目では惜敗だが、ファウルを重ね枠内シュートがゼロに終わったゲームは、相手国のメディアには「臆病でラフ」に映るものだったらしい。
現地観戦の醍醐味の一つが、直前練習も見物できることだ。先発組が一対一でロングパスを交換する傍らで、「鬼回し」の円には長友佑都や鎌田大地とともに古橋亨梧の顔。1年ぶりの神戸凱旋、個人的にはこの日の目当てで、最前線に起用されながら周囲のサポートに恵まれなかったブラジル戦への不満が漏れ聞こえるお隣さんも、想いは同じだと見受けた。吉田麻也と遠藤航を除く9人を入れ替えた先発フォーメーションは、堂安律と三笘薫がセカンドトップ、久保建英はインサイドハーフに入る4-3-3と見立てたメディアもあったが、状況により遠藤と柴崎岳が並列し、久保はファーストトップの上田綺世の下で動く4-2-3-1にも見えた。それにしても、ピッチの奥行きを味わえるシートからの眺めは格別だった。川島永嗣の左サイドへのスローイングなど、さりげないプレーでも迫力が引き立ち、テレビでは伝わらない「臨場感」の意味を実感できる。1年前の無観客開催から一転、チケットは完売して2万5,100人の「満員御礼」となった。
守備時は5バックでブロックを築くガーナに対し、ボールを支配し続けた日本。とりわけ目を引いたのは、カットインすると見せて縦へ切り返す十八番のドリブルが大抵の相手には通じる「準ワールドクラス」だと証明した三笘と、足を止めず果敢なプレスと中盤やインサイドへの移動を継続して山根視来の先制点を導いた堂安だった。三笘や、締めの4点目を演出した伊東純也など個の力でもって局面を打開できる選手に加え、堂安のように周囲を活かす連携のセンスに秀でた選手が共存することで、変化に富み、相手にとっては的を絞りづらい攻撃を具現化できる可能性を示してくれた。ファンが待ちわびた久保の初ゴール、試合をクローズする3バックへの移行など収穫の多かったゲームにあって、古橋を拝めなかったのは心残り。相手国の目や現地ファンの心理、取るに足らない要素かもしれないが、「わくわくしなくなった」と揶揄される昨今の日本代表にとって、それらに応えることも大切ではないかと思えてくる。
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