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観る本 第3のリベロ Vol.5

昔から、不特定多数に愛好されるものより、知る人ぞ知るものに惹かれ、ひっそりと愉しむ傾向がある。万人受けは度外視し、対象を絞り込んだ創作物は観ていて潔く、手垢に塗れることがなく、それでいて好む者にはしっかりと届く訴求力を備えたものが多い。ドラマでいえば、これに当てはまる好例がテレ東の深夜帯のドラマではないだろうか。

続編を重ねている「孤独のグルメ」が象徴的で、同じようにひとり飲食店で舌鼓をうつとき、この感想を井之頭五郎ならどう表現するだろう、などと考えてしまう。ちょうど1年前には、その系譜に連なる庶民的な食を介した名作に出会えた。同じくコミックを原作とする「今夜はコの字で」。広告代理店に務める主人公が、ことあるごとに憧れの女性の先輩に連絡しては、東京界隈の下町に実在する「コの字酒場」で飲み交わし、お店の人や常連のお客さんとのやり取りを通して時々の想いに浸る。上座も下座もないコの字型のカウンターで展開される人間模様は、私のような下戸にも心地良い酩酊を疑似体験させてくれた。

時に、今をときめくクリエイターの書き下ろしを拝むこともできる。実際に経過した時間以上の懐かしさを覚える昨年1月期に放送されたのが、「コタキ兄弟の四苦八苦」。脚本の野木亜紀子は、個人的にもっとも敬愛する脚本家のひとりで、代表作となった「逃げ恥」以降、すべての作品に魅せられている。テレ東で、深夜で、テーマが「レンタルおやじ」。失礼を怖れず言えば、気鋭の作家にとって似つかわしくない条件のもとでも、クオリティは損なわれなかった。あるいは、「本当に書きたいこと」に取り組んだ意欲作だったのかもしれない。中高年の非婚や失業、ともすると重苦しくなりかねない社会問題を材にとりながら、おかしみを交え温もりで包み込むことで、鈍い輝きを放った。

30分あまりの時間で、上質の本を読み終えたような気分に浸ることができる良作のバトンは、現在も受け継がれている。4月から放送中の「生きるとか死ぬとか父親とか」は、ジェーン・スーによるエッセイが原作。著者本人が別名で主人公になっていて、リスナーからの便りに応えるラジオ収録のスタジオと、父親と過ごす私生活を交互しながら進行していく。書籍からそのまま引いたと思しきナレーションは精緻で、思わず二度見したくなる名言が散りばめられている。芸人ヒコロヒーや、クリーピーナッツのDJ松永といった各界の新進気鋭を脇に添えた配役も光る。タイトルバックに映える高橋優の主題歌「ever since」の美しさも相まって、月曜深夜の放送を心待ちにしては、"本棚"のコレクションがまた一つ増えた歓びに浸っている。

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