第10話 年上の男
お店の扉が勢いよく開いた。
キンキンに冷えたお店のエアコンの風がドアの向こう側に引っ張られていく。
外の生温かい風と一緒に勢いよく男が入ってきた。
「あーあっつい、マスター、開店おめでとうございます」
マスター並みのダンディな低い声と共にカウンターの上にドンっとシャンパンのようなボトルが置かれた。
年齢は、40代後半ぐらいだろうか。
きっちりと決まった少しタイトなスーツに少しとがったつま先の黒の革靴、薄いおしゃれな革のカバン、少し長い前髪は、ワックスで綺麗に固められ、いかにも仕事ができる外資系のビジネスマンといった感じの男だった。
「おぉ、ありがとう」
マスターは、渋い声で落ち着いて答えた。
「あー!誠さん!来てくれたんですか⁈あれ?今日はシンガポールじゃなかったんですか⁉️」
グラスを洗っていた亮介が手を止めて、満面の笑みを浮かべながら言った。
「いや、明日に変えてもらったんだ。あー喉カラカラだよ。いつものウィスキーください」
亮介は、腕をまくり上げて、嬉しそうに、
「はい!マッカランでご用意致します!」
と言った。
男は、席に座った。
私との間には、ふたつ席を空けて、出されたおしぼりで、ゆっくりと手を拭いていた。
指輪はない。まっすぐに伸びた綺麗な指。
男の顔を見たかったけど、慣れない雰囲気と顔を見るにはわざとらしく首を傾けないといけない。
カウンターは、嫌いだ。男の顔を見たいけど、見えないからだ。外側の風貌から察するにいかにも男前な感じではあるだとうと思った。
通常通り物足りない週末を送るはずが、いつもと違う世界に迷い込んだ雰囲気にのまれ、お酒が進んだ。
「も、もう一杯ください」
男やマスターに聞こえないぐらいの亮介だけに伝わるぐらいの小声で言った。
まだ飲むのかと思われたくない、マスターに亮介狙いだと思われたくなくて、かぼそい声で言った。
「おぉ⁈いいねー!僕が作ったお酒、美味しい⁈」
空気を読めない亮介がマスターにもダンディな男にも聞こえるぐらいのボリュームで言った。
「あ、そ、そうですね。美味しいです」
私は、急いで口元をおしぼりで覆いながら言った。
聞こえているけど、聞こえないふりをしてくれているのだろう。
ダンディな誠という男は、こちらを見ずに乾いた喉をうるおすウィスキーを少しワクワクしながら待っているようだった。
視界のギリギリに入ってくる誠の姿は、すらりと伸びた足がカウンターの下で窮屈そうだった。
彼が私の恋愛の価値観を大きく変えることになるなんて、この時は、まだ何も気づいてはいなかった。
BAR1001の数字の持つ意味は、「新たな始まりの前兆で、過去をリセットして新たな人生を始める時期」という意味にふさわしい場所での出会いだった。
私の抱えるトラウマと彼の抱えるトラウマが同じで、こんなに分かり合えて、分かり合えるからこそ辛くて、出会わなかったら、良かったにと思う反面、
彼に出会ったからこそ、自分が変われたのだと思うと、なおさら、この夜の出会いには感謝しなければと今は思っている。
でも、このままBARで、ただ出会っただけの飲み仲間の関係を続けれていたら、今でも彼にたくさんの話ができたのにと後悔する気持ちの方が強かった。
彼が勢いよくドアを開けてBARに入ってきた姿が、夢に出てくるぐらい、今でも私の人生で忘れられない存在になっていくのを彼も私も、全く想像なんてしていなかっただろう。