生きてんじゃねーか
20代前半の頃、元々持っていたアレルギー性鼻炎がひどくなり、かかりつけの耳鼻科から粘膜と鼻中隔を削る手術をしてもいいかもしれない、と大学病院を紹介された。ちょうどひどい副鼻腔炎になっていて、少しでも楽になるなら早いとこ手術してほしい、とばかりに紹介状を持って病院に行った。(ちなみに昨年、有吉さんもこの手術を受けたと報道されていたと思う)
病室に入ると、先生の方から色々と説明してくれるのかと思ったら当てが外れた。
「で、何。どうしたの」
どうしたのって…と愛想のない先生にたじろぎつつ、
「え…あの、鼻がすごい詰まって苦しくて、もう点鼻薬とかやってもダメだから、鼻の手術するといいって」
と言うと、先生はじろりと目をこちらに向けて言った。
「手術してくださいなんてこの紹介状にはどこにも書いてないよ。ちゃんと調べてください、って書いてるの。あなたね、点鼻薬ってどれだけ使ってんの? この鼻の状態じゃ最近だけじゃないね、もうずっとでしょ。病院でもらってる薬だけじゃないね? 薬使うから悪くなる。薬屋ぼろ儲けだよ」
いきなり予想外のパンチに面食らった。
「いや、だって、もう鼻が詰まって全然息も出来ないし、すっごく苦しくて…」
「息してんじゃねーか。鼻でできない? なら口ですりゃいいじゃねーか。皆そうやって言うんだよ、『先生、熱39℃もあって死にそうです』って。死んでねえじゃねーか.。生きてんじゃねーか。薬出す医者、ヤブ医者ー。あんたの今の状態じゃ診れないよ。とりあえず2週間今使ってる薬全部やめてまた来てくれる? 」
ツラい症状を早く何とかしたくて来たのに薬をやめろと叱られて終わりだなんて。釈然としない気持ちで帰った。
友だちに話すと、同情されると思いきや
「死んでねえじゃねーか、息してんじゃねーか、なんて最高だね」
と爆笑された。笑われると、何だか貴重な経験に思えて自分でも可笑しくなった。
とりあえず先生の言う通り、2週間、点鼻薬も全ての薬もやめて、再度病院に行った。今度は別の先生だった。前回の経緯を言うと、
「ああ、E先生はねえ…」
と苦笑いされた。別の先生でホッとしたような、ちょっとガッカリしたような気分で帰った。
結局そのときは手術をしなかった。薬出す医者ヤブ医者ー、の言葉を素直に聞いて、やたらに点鼻薬を使う生活をやめて数年経ってから、手術に踏み切った。
以来、副鼻腔炎の頻度も程度も楽にはなった。でもあの先生の言葉は今も時折思い出す。
「生きてんじゃねーか。息してんじゃねーか」。
E先生が日本アレルギー学会の会長だったと知ったのは後のことである。
*後日談だが、今は大学病院も退官・引退され、都内でアレルギー・耳鼻科を開院され患者様を助けているようである。