星に祈りを
今晩はしし座流星群が見頃を迎えるという。
はじめて見た流星群がなに座流星群だったかは定かでないが、もっとも古い記憶といえば小学生の頃、母親と妹と「今晩は流星群を見よう」と、夜中に起き出し、出窓に身を乗り出すぐらいの勢いで空を眺めた憶えがある。
手に息を吹きかけてさすりながら、今か今かと星を待った。
「誰か見えた?」
「ううん」
「やっぱりこのへんじゃ見えんのかなあ…」
15分、20分ぐらいした頃だったろうか。
透き通るように青白く、長い尾を引いた立派な流れ星が、まるで隕石が墜落するかのような軌道で遠い街のほうに落ちていった。
今でも流星群は無条件でわくわくするイベントのひとつだ。
流れ星に願いごとをすると叶うという言い伝えがある。
たしかにあの晩見た幻想的な流れ星を思い出すと、願いごとだって叶いそうな気がする。
大人になった今「願う」のはなんとなくおこがましい感じがして気が引けるので、わたしは「祈る」ことにしたい。
手と手をあわせて、己の非力さと頼りなさを引き受け、祈りたい。
人間は動物界のなかでもっとも高度な知能とことばと文字を持ち、街をつくり、法律をつくり、本を書き、本を読み、さまざまな道具・テクノロジーを生み出してきた。
まるで世界は人間のものであるかのように。
それでも、人は人を思うようには操れない。
人のことどころか、自分のことすら思い通りにできない。
そうやって欲と苦しさを抱え、自分の非力さを嘆き、もがきながらも生きていかなければいけない。
どんなに努力を重ねても、どうにもならないこと・ときがある。
大切な人が病気になってしまった。
推しのライブチケットを手に入れたいが、抽選倍率が高い。
仕事や受験勉強で努力しているが、なかなか結果が出ない。
好きな人に振り向いてほしい。
どんなに困難で、くじけそうでも。
傷つけ傷ついても
求めてうばわれても
与えて裏切られても。
今あなたは、わたしは、あなたの大切な人はもしかしたら空どころか水面も見えない深海にいるかもしれない。
でも陽は必ず昇るし、月も星も昇る。
あともうちょっと、信じよう、祈ろう。
そんなふうに今日はすこしだけ星空を眺めてみよう。
KANさん
心が折れそうなとき、苦しいとき、悔しいとき、この曲に幾度となく勇気づけられ、励まされてきました。
すばらしい曲を、ありがとうございます。
心からご冥福をお祈りいたします。