病児保育開設を目指すナースのお話。〜vol.3
家を出た私は紆余曲折、カクカクシカジカの末に親戚の家を間借りし、一念発起、看護学校入学のための受験勉強を始めた。
そもそも幼稚園児の頃から、
特に理由もなく私は『かんごふさんになること』が夢だった。
のちに、生後まもなく生き別れた母が
看護師だったことを知るが、なるほど血は争えない。
そうよ私、看護師さんになりたかったんだった。
家出から6年後、2016年の春、私はやっとのこと念願の看護師になった。
新卒で配属されたのは、
『手術室』。いわゆるオペ看というやつ。
なんでよーーー!
なんで私が手術室なのよー!
ショックは大きかったが仕方がない。
足掻いてもムダだと腹をくくって必死に仕事を覚えた。
手術室は、患者の意識がないことをいいことに
医者の怒号が飛び交う。
怒号とまではいかないまでも、とにかくみんなアドレナリンが出まくっている。
それに輪をかけ手術室の先輩ナースはとにかく怖かった。
いつどのタイミングで白目をむいて倒れようか。そんな浅はかな考えが頭をよぎるのも一度や二度ではなかった。
当時、私が勤めていた病院では手術件数が全国トップクラスというのが自慢で、とにかく毎日目の回るような忙しさだった。
先輩方の愛あるスパルタ指導のおかげで、どうにかこうにかひとり立ちもでき、花形である心臓外科のバイパス手術へのデビューも果たした。
うん!オペ室はもういっか。
そして、私は看護部長に配置転換の希望願いを出した。
『集中治療室にいきたいです』
希望は無事とおり、
看護師5年目の春、私はICUに配属となった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?