今日ときめいた言葉8ー「気を抜くと、悲しみ、痛み、絶望に負けてしまう‥‥だから人は希望を必死につかもうとしながら生きている」
2022年11月7日付 朝日新聞 「取材考記」からノンフィクション作家澤地久枝氏の言葉ー
生きていると、大切な人を失うこともある。
考えても仕方のない未来を案じ不安に押しつぶされることもある。
積み上がる仕事の終わりも見えない。
気を抜くと、悲しみ、痛み、絶望に負けてしまう。
楽しい時はあっという間にすぎゆくのに、悲しみや痛みは、
簡単には消えてくれない。
だから人は希望を必死につかもうとしながら生きている。
つかもうとする行為を、希望と呼ぶのかもしれない。
私が上記の言葉で特に心に染みたのは、「気を抜くと、悲しみ、痛み、絶望に負けてしまう」という一節である。
みんな多かれ少なかれ生きることの重荷を感じながら生きている。それをなんとか気力で支えている。でも、些細なことで心が折れたり、気弱になった時、その重荷がズシーンと心にこたえる。気力が萎えた時は、押しつぶされそうになる。
でも歳をとると、こんな状態でもなんとかやり過ごせるようになる。
「『絶望』などという言葉が使えるほど、自分はまだ非情で過酷な人生を生きちゃいない」という思いが、何とかいつもの自分に戻してくれる。
希望というポジティブな発想からではなく、「絶望を経験していないと思う謙虚な気持ち(笑)」(表現がおかしい。「でもそれほどの人間じゃないよ、お前は」という意味です)、という後ろ向きの発想で!