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『判決よりも大事なこと』

■ 弁当を盗んだ男
 被告人は、50歳半ば。窃盗罪で起訴されていた。3日間何も食べておらず、お腹がすいて、弁当を盗んだのだという。経歴を見ると、この7~8年似たような事件を起こしては、刑務所を出入りしていた。
 最初は「いい歳してこんなことで捕まってなさけない」という目で見てしまっていたが、いろいろ話を聞くと、人生、紆余曲折があったらしいことがわかった。
 男は、40歳くらいまでは、会社を経営していた。ところが、取引先が倒産したことで、連鎖して倒産。経済的に困ったすえに、事件を起こしたことで、妻とは別れ、2人の子どもたちともそれっきり、となったという。
 刑務所を出ても、頼る人もいない。日雇いの現場で働いても、宿泊代とその日の食事代でほとんどが消えてしまう。雨が降れば、現場仕事はなくなるので、お金だけが減っていく。結果、無一文となって、弁当を盗むことになったのだそうだ。負の連鎖に入ってしまった場合に、誰の支援もなく、そこから抜け出すことの難しさを感じさせる話だった。

■ 情状証人のいない法廷
 お金がなくて、弁当を盗んだのだから、当然、男は被害弁償をするようなお金は持っていない。頼れる人もいないので、被害弁償金を立て替えてもらうわけにもいかない。
 ぼくは、ダメもとで、十数年前からまったく会っていない、という息子さんに情状証人をお願いする手紙を送ってみた。
 すると、その手紙を読んだ息子さんから、電話をもらった。
 「手紙読みました」
 「それで、手紙に書いたように、できれば情状証人をお願いしたいのですが・・・」
 とぼくがいうと、息子さんは、明らかに怒った口調で、こう答えた。
 「ぼくらが、ぼくら家族があの人のために、どれだけ苦労したか、わかっているんですか!犯罪者の家族として、後ろ指をさされ、地元にもいられなくなったんですよ。ぼくは途中で学校も辞めて・・・」
 相当な苦労があったことは、理解できた。そんなことも考えずに、無粋な手紙を送ったぼくが間違っていたのかな、と反省する。
 「わかりました。すみませんでした。お気持ちは、お父さんにも伝えておきます」
 そう答えるしかなかった。
 結果、被告人の公判期日は、被害弁償もなく、情状証人もいないなか、粛々と進んでいき、2週間後には判決が降りた。同じような行為を繰り返していたとはいえ、思ったよりも、重い実刑判決だった。

■ 判決後の電話
 判決があって、数日後、息子さんからまた電話があった。
 「もう判決があったはずですけど、結論はどうなりましたか?」という質問だった。
 まだ、キャリアも浅い青二才だったぼくは、情状証人を断られたことの影響もあって、この息子さんにネガティブな対応をしてしまった。
「少額の被害弁償すら出来ず、情状証人もいなかったせいで、思ったより重い実刑になりましたよ」
 それを聞いた息子さんは、「そうですか・・・」とだけ言い残して、電話を切った。

■ 被告人からの手紙
 それからしばらくして、もう判決が確定したころ、拘置所から1通の手紙が届いた。被告人からだった。その手紙にはこのような記載があった。

 「先生、今回は、私の事件を担当していただきありがとうございました。
 実は、先日、息子が拘置所に尋ねてきてくれたのです。奥さんと、生まれて半年もたっていない子どもを連れてきてくれました。私は、息子に苦労をかけたことを詫びると、息子は情状証人にならなかったことを詫びてくれました。そして、出所まで待っているから、次は、孫を直接、抱きかかえてあげてほしいと言ってくれたんです。
 すべて先生が息子に連絡を取ってくれたおかげです。本当にありがとうございました」
 
 判決までが弁護人としての仕事であり、その点でいうと、なにもできない、思い通りにいかない事件だった。でも、もしこの事件が親子の関係を修復するきっかけになったのであれば、それはどんな判決よりもずっと大切なものだったと思う。


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