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『リピーター』

1 リピーター
 3年ほど前に付添人を担当した少年から「ご指名」があったので、さっそく留置所に接見に行く。その少年を担当したのは、少年がまだ15歳のとき、最初の審判だった。それ以来の再会だ。その後、少年は非行を重ねて、少年院にも行ったという。その非行歴からすれば、今回の少年院送致は避け難いように思われたし、少年もそのことは十分に認識していた。それでも、少年には少年院に行きたくない理由があるのだという。
2 少年院に行きたくない理由
 少年が本件非行(バイク盗)をしてから捕まるまでの3ヶ月の間に少年にとって大きな転機が訪れた。付き合っていた彼女が妊娠していることがわかったのだ。「俺、家族だけは大事にしたいんです。わがまま言っているのは解っているけど、少年院に入っている時間はないんです。」。確かに、わがままかも知れない。けれど彼女と産まれてくる子どもを経済的に支えたいという気持ちに嘘はない気がした。だから、難しいかもしれないけれどできるだけのことはやってやる、と約束をした。
3 恵まれない家庭環境
 少年が自分の家庭を持とうとしていることについては、特別の感慨があった。
少年の両親は健在であるにもかかわらず、生活は困窮していた。だが、それ以上に問題なのは両親の考え方だった。示談の話を進めれば、「勝手なことはするな。」と付添人に怒鳴りちらす。最初の打ち合わせから「自分のしたことの責任は自分でとらせる。」「悪いことをしたのだから、少年院に行くのが当然。」とまるで他人事のように話し、審判でも少年の前で同じセリフを繰り返した。両親の言葉はどこかで聞いたことのあるようなもっともらしいセリフを感情にまかせて並べただけで一貫性は全く感じられなかった。こんな家庭環境に悩まされていた少年が自分で家庭を持って、独り立ちしようとしている。それを考えると、できるだけの手助けはしてあげたいと思った。
4 付添人活動
少年の更正のためには、両親から離れて生活する場所が不可欠である。そこで、T社長に連絡をした。建設業を営むT社長とは、弁護士になりたてのころの国選事件で知り合いとなり、これまでにも多くの少年を紹介し、雇ってもらっている。今回の事件では、いきなり保護観察はありえないので、試験観察を狙うしかない。そこで、T社長の会社の寮に入れてもらい、稼いだお金を彼女に仕送りさせる計画をたてた。そのような地道な生活を続ければ、労働の習慣や責任感も養えるだろうし、彼女の両親の信頼も少しずつ勝ち得ることができるのではないかと思ってのことだ。
 少年とT社長を引き合わせたあと、T社長の会社に行き、寮や会社の写真をとり、就労条件等も聞き取りをして、報告書を作成する。試験観察中の生活状況を裁判官に具体的にイメージしてもらうことで、少しでも試験観察の可能性を高めるためそれなりの努力をしたつもりだった。
5 報われない結論
 しかし、努力が必ず報われるとは限らない。T社長や彼女にも審判に出席してもらい、こちらの言い分は十二分に伝えたつもりである。処分を決定する前には休廷してもらい、かなり粘った。それでも、何度も更正の機会を与えられながら同じ過ちを繰り返している点が強調され、少年院送致となってしまった。
 審判後もまた大変だった。少年の父親がT社長に罵声を浴びせる。いわく、「俺はあんたに子どもを雇ってくれとは頼んでいないのに偉そうにするな」とのこと。なぜ、父親が雇用主に対して怒鳴り散らさなければならないのか全く理解不能だったが、少年が更生するためにはこの両親と切り離すことが不可欠なのは今更ながらに確認できた。
6 少年の成長
 翌日の朝、鑑別所に面会に行くと、少年は意外なほどさばさばしていた。
「せっかくよくしてくれたT社長に親父が失礼なことを言って、ホントに恥ずかしいです。T社長にはごめんなさいと伝えといてください。」
少年のこの言葉を聞いて、少年が父親のことを客観的に見れるようになっていることがよく分かった。裁判所には伝わらなかったけれど、着実に少年が成長していることは実感できた。
「自分でも最初から少年院に行く可能性が高いことは分かっていたから、大丈夫です。彼女もT社長も弁護士さんもみんな自分のためにあれだけ頑張ってくれたから、僕も頑張れます。彼女には心配しないで、元気な子どもを産むように言ってください。」
 もし、最初から諦めて気の抜けた付添活動をしていたら、少年はこのような言葉は発しなかっただろうと思うと自分のしたことが無駄ではないと思えた。たとえ、処分は変わられなくとも、少年の人生に対し影響を与えることができる。それが少年事件の醍醐味なのだと改めて感じさせられた。

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