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『目に見えない大切なもの』

■ 少年からの依頼
 「どうやったら、受けてくれるんですか?」
 警察署の留置場。目の前にいるのは19歳の少年。
 「もう被疑者国選の弁護士がついているし、ぼくも知っているまじめな若手だから、彼にアドバイスもするし、それでいいんじゃないかな?」
 私選弁護となると自己負担もかかる。それを考えて、このような提案をしたのだが、少年はなかなかひきさがらない。
 「もうすぐ示談金、入るんですよね。それで、弁護士費用を払うので、お願いします!!」
 これまで多くの少年事件を手掛けてきた。親がお金を出す形で、私選で付添人をやったことももちろんある。しかし、少年本人がお金を払ってまで、弁護人・付添人となってくれ、と頼まれるのは初めての経験だった。

■ 少年との出会い
 少年とは、遡ること3カ月ほど前に知り合った。事務所に少年を連れてきたのは、少年を雇用している建設会社の社長だった。
 「こいつ、いま真面目になろうと努力しているのに、一方的に暴力を受けたんですよ」
 これまで2度の少年院入院歴。起こした事件は、暴行・傷害などの喧嘩沙汰。確かに、身長も高く、いい身体もしており、喧嘩も強そうだ。
 そんな少年が暴力事件に巻き込まれたのは、年末の繁華街だった。会社の忘年会を終えて道を歩いていると、他の従業員ともめごとを抱えている一団と出くわしたそうだ。結局、少年は捲き込まれる形で、複数名から暴行を受けてしまった。
 「でも、ぼく、自分からは一切手を出さなかったんですよ」
 いままでの少年の非行歴を考えるとそれだけでもすごいことだ。ぼくは、「偉いね。よくこらえた。どうして、耐えられたの?」と聞いた。
 「2回、少年院に入って、暴力をふるうことに意味がないことを勉強しました。少年院のおかげです。」
 少年院の法務教官に聞かせてやりたい言葉だった。

■ 再び逮捕された少年
 加害者側と示談交渉を行って、まずまず満足のいく示談金を払ってもらえる流れになってきた。最終的にこの金額で示談をしていいか、少年に確認をとろうと電話をするが通じない。
 そこで、仕方なく、社長に連絡を入れたところ、社長からは意外な言葉が返ってきた。
 「あいつとうちは、もう何の関係もないので、連絡してこないでください」
 なにか、起こったことは、わかった。もやもやした気分でいると、すぐに別の電話がかかってきた。若手の弁護士からだ。
 「ぼくが国選でついた少年が、どうしても先生と会いたい、というんです。会いに行ってもらえませんか?」
 そういうことか。
 ぼくがすぐに警察署に面会に行くことにしたのだった。

■ 少年が起こした事件
 結局、ぼくが、私選で少年の弁護を引き受けることになった。
 少年は、大麻所持でつかまったそうだ。これまで暴力事件を繰り返してきた少年。でも、少年院を経て、暴力の無意味さを知って、一方的な暴力を受けても反撃すらしなかった少年。そんな子がなぜ、大麻なんかに手を出したのだろう、といぶかしく思った。
 実は、少年にとって、この数か月はかなりきついことの連続だったらしい。小さいころからの幼馴染がバイク事故で亡くなったり、信じていた人に裏切られ、何も悪いことをしていないのに、集団で暴行を受けたり。
 もうどうなってもいいや、という気持ちになったときに、たまたま昔の知り合いが、大麻を進めてきたのだという。
 話を聞きつつ、つらい気持ちは理解できた。そして、もしかして、この少年は見た目に寄らず、繊細なところがあるのかも、と感じた。

■ 観護措置後の少年
 最初のころは、はやくここから出たい、と繰り返していた少年も、家庭裁判所に送致されて、観護措置をとられて以降、精神的に落ち着いてきたようで、いろいろな話をするようになった。
 「ぼく、一番、落ち着くのは、熱帯魚の世話をしているときなんですよね。あいつらを見ると、何時間でも、過ごせるんです」
 これも少年の見た目とは、まったく違う。もしかしたら、この少年は、この見た目と、内面のギャップでこれまで苦しんでいたのかもしれない。
 そう思って、過去の事件のことをきいてみた。
 「後輩がやられたら、まわりから、頼む!といわれて断れなくて」
 確かに、少年は体格もよく、喧嘩も強かったが、決して好戦的な性格ではなかった。でも、まわりは見た目で判断する。少年はそれにのせられて暴力事件を繰り返していたようだった。彼自身も自分自身のキャラクターをつかみあぐねていた様子がうかがえた。
 「ぼく、もし出られたら、ゆっくり温泉に行きたいんですよね」
 間違いないこれまで、周囲の人たちも、少年の見た目に惑わされて、本当の彼を見ていなかったのだ。
 ぼくは、少年に語り掛けた。
 「きっと、きみは、自分が思う以上に、やさしくて、繊細なんだ。これからは、まわりにどういわれようと、あるがままの自分を隠さなくていいと思うよ」
 「僕も、ちょっといままで無理していたところがあったんですよね。これからは、本当の自分を受け入れてくれるひとたちを優先して生きていきます」
 少年も、何かに気づいたようだった。

 「実は、今までの職場も、本当はぼくにはあっていなかったんです。けれど、知り合いの紹介だから、やめるって言いきれなかったんです」
 こういうところにも、これまでの少年の性格が表れている。
 「じゃあ、今回、クビになって、ちょうどよかった。これから、いろいろな選択肢が広がっているんだから、ワクワクするね」
 とポジティブな考えに誘導しておいた。

■ 審判後の少年
 少年がもともと、働きたいと心の中で思っていた職場の人と連絡がついたので、雇用を約束する「雇用証明書」を書いてもらった。少年自身もこれまでの自分の非行歴や、今回の大麻所持の原因を、きちんと把握できていることが、裁判官にも伝わったのだろう。無事、保護観察となった。
 審判からしばらくたって、少年からLINEが入った。
 「元気ですか?」
 「もちろん、元気だけど、お前は元気?」と返すと
 「はい」とだけ、返ってくる。
  まどろっこしくなったので、こう返した。
 「もう20歳になったんだから、一度、飲みに行こうか?」
  すると、こういう返信が来た。
 「ぼくも、そう言いたかったんです。ありがとうございます」

 飲みながら、前々から気になっていたことを聞いた。
「なんで、あのとき、どうしてもぼくについてほしい、と思ったの?」
 考えてみると、その前に示談交渉の件で、事務所に来たときも話をしていたのは、ほとんど社長で、それほど会話をしたわけでなかった。なぜ、あそこまで強く、金銭的負担をしてまでも、ぼくを「指名」したのだろうか。

 しばらく沈黙したあと、少年、いや元少年は、こういった。

 「いや、なんていうか。理屈じゃないんです。先生がよかったんです!」

 その回答は、すっきりはしないが、ぼくにとって、満足のいくものだった。

 目からは多くの情報が入ってくる。しかし、目から入ってくる情報ばかりに気を取られたら、本当に大切なものを見失ってしまうかもしれない。
  本当に大切なものは目に見えない、のである。

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