『チャンスを下さい』
■ チャンスを下さい
とても2回も少年院に行った経験があるとは思えないほど、おとなしい印象の少年だった。少年院出所後も比較的真面目に働いていたが、やはり地元では悪い友達も多い。少年はシンナーを吸って、無免許で原付を運転しているところを警察に出くわし、他人の家に逃げ込んだ。非行事実は、道路交通法違反と住居侵入だった。
今回の非行事実が重大なものとはいえないが、これまでの経歴からすれば、少年院行きが順当だろうと少年は覚悟している様子だった。それでも少年は付添人が付くことを強く希望した。これまで2回少年院送致された際には、事情はわからないが付添人はついていなかったらしい。「少年院から出てきたばかりでまた捕まったから、少年院に行くのも仕方ないかも知れないけど、僕だって一度くらいチャンスをもらいたいんです。」と少年は言った。
■ ねらいは県外での試験観察
地元には中学時代からの悪い先輩や友達が多くいた。現業公務員として働く父親も、地元にいたらどうせ非行を繰り返すに決まっていると考えていた。
少年には兄がおり、非行に走った時期もあった。しかし、現在は、派遣社員として県外にある大手メーカーの工場でまじめに働いていた。父親としては同じところに、少年を行かせたいと考えていた。
問題は、裁判官が県外での試験観察を認めてくれるかという点である。この点について、調査官と話をしたところ、「電話等で連絡を取れるのであれば、県外というものありえない話ではない。」とのことであった。
そこで、早速、少年の兄に電話をして、現在の職場環境等について聞き取りを行い、陳述録取書を作成した。元非行少年の兄によると、回りに雑音がなく、仕事しかない環境が新鮮ということで、悪い友達が多い地元を離れたのは自分にとって本当に良かったということであった。
悩ましいのは、付添人が直接、会社に連絡をとって、確実に就業できるとの確認を取れないことだった。結局、父親から派遣会社に連絡をしてもらい、「応募すればほぼ間違いなく働けるでしょう。」、という回答をもらうのが精一杯であった。
■ 強引に試験観察を勝ち取る
被疑者段階から付いていたおかげで少年の反省はかなり深まっていたが、やはり少年院を出てからほとんど間がないということで、裁判官は収容に傾いていた。「反省しているのは伝わるけど、就職先もはっきり決まっていないことだし・・・」裁判官の喉から「少年院送致」という言葉が飛び出そうとした瞬間、それをとっさに止めた。「ちょっと待ってください。もし、就業先がはっきり決まっていないことが問題だとしたら、それは付添人である私の責任です。必ず、就職先を探しますから、少年にチャンスを与えてやってください。」。そんなやり取りを1時間半以上続けた結果、強引に試験観察を勝ち取った。
■ 恵まれた就職先
無理をいって試験観察にしてもらった以上、きちんとした職場を探すしかない。少年には派遣会社に面接に行かせつつ、友人・知人に仕事先を紹介してくれるようにお願いをした。当初考えていた少年の兄が働く工場については、新規採用の時期が決まっていて、働き出すのは早くても1ヶ月先となるとのことであった。もともと、年齢が切迫しており試験観察の期間は3ヶ月と短い。裁判所からは「早く就職先を決めて下さい」と急かされていた。結局、すぐに働けるとところということで、関東の某県の山奥のゴルフ場に併設されたホテルのレストランでの仕事につくことになった。
仕事が決まってからはあわただしく、3日後には福岡を立つことになった。職場は、最寄りの駅まで車で30分、バス停まで徒歩30分というこれ以上ないくらい、仕事に集中できる環境だった。
幸運にもこの職場は恵まれていて、食事代や部屋代もほとんど給与から引かれることなく、周りの大人も親切にしてくれるということであった。仕事は早朝から宴会が終わる夜遅くまで続くので、長時間労働とはなるがきちんと残業代も支払われていた。残業が多いときには手取りで30万円ほども稼ぐというのだから立派なものである。ちなみに、当初考えていた大手メーカーの工場で兄が受け取っていた金額は、寮費や食費を差っ引かれるとこの半分程度というのだからいかに恵まれた職場に当たったかがよくわかる。
■ なごやかな審判
少年自身も接客業自体を楽しんでいるようであった。20歳になる誕生日の直前、3ヶ月ぶりにあったときには表情も明るくなり、あいさつもきちんとできるようになっていた。20歳直前でも可塑性というものがこれほどあるんだ、と改めて思い知らされた。
少年が勤めているホテルに隣接するゴルフ場は、10月までで冬休みに入るとのことであったが、これまでの働きを認められて、冬場は同系列の会社のスキー場付設のホテルで、働いて欲しいといわれているということだった。
保護観察との結論で、審判が終わりとしたとき、最後に裁判官が少年に対して言った。「あなたのことを試験観察にして本当に良かったと思います。」。
調査官も、「2回も少年院に行った子がこれほど立ち直るのはめったにないことだよ。」と少年に声をかけていた。審判にかかわった関係者がみんな心から良かったと思っていた。
もし、僕が少年を信じなかったら、裁判官が少年を信じなかったら、この素直な子が今、少年院に入っていたかも知れないと思うととても不思議な気がした。裁判官や調査官の理解もあり、少年が欲していたチャンスを与えてあげられたことが付添人としてとてもうれしかった。 以上