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『少年の悩み』

警察署から電話があった。
「先生を呼んでくれ、と本日逮捕した少年が言っていますが、来られますか。」
2年前に担当した少年が名前を憶えてくれていたらしい。

 集団暴走で捕まって、少年院に入ったしまった少年。単なる暴走だけではなく、バットでパトカーを傷つけたり、スプレーを発射したり、なかなかの暴れっぷりだったから、少年院送致は仕方なかったのかもしれない。
 率先して悪いことをするタイプではないが、流されやすい。だから、地元を引き離すことを提案していたが、少年院出院後は、また地元に戻っていたらしい。
 今回は、なんでこんなことをやったの?と思うような軽微な万引き事件だった。
「自暴自棄というか、どうでもよかったんですよね。正直。」
 なんでそんな気持ちになったのだろう。
 話を聞くと、地元に帰ってからも仕事をしているときは、朝早く起きて、ちゃんと働いていたらしい。
「なんで、すぐに仕事を辞めちゃうの」
「いや、ひとつの現場が終わったら、もう来なくいい、って言われるんですよね。おれ、特に技術があるわけじゃないし・・」
 今回の非行もそうして仕事を失った時期のことだった。

 幸い少年は、鑑別所のなかで、自分の人生を振り返り、変わりたいと真剣に考えるようになった。そこで、地元から離れた寮のある建設会社の社長に、審判が終わったあと、少年を雇ってくれるよう頼んだ。社長は、いつものように二つ返事で了承してくれ、すぐに鑑別所で“面接”も実施してくれた。
 ただ、これまでの非行歴を見ると裁判所としては、簡単に保護観察にするわけにはいかないようだった。他方で、年齢的には20歳が近づいているので、長期間、試験観察に付するというわけにもいかない。
 結局、短期間、障がい者施設でボランティア活動をやることになり、そこをクリアできたら、保護観察にして、社長の元で働く、ということになった。

 ボランティア活動をやっている施設に様子を見に行くと、入所者に囲まれて笑顔の少年がいた。普段は、コミュニケーションが苦手に見える少年だったが、入所者には大人気のようだった。
 “問題”は審判の直前に明らかになった。短期間のボランティアの間で、施設の長に気に入られた少年は、「そのまま、ここで働いたらどうか。」と声をかけられているというのだ。
  結局、審判の終わりまでには、どちらで働くか、決めることができず、とりあえず、保護観察となったうえで、ゆっくり本人に悩み、決断させることになった。
 しかし、仕事がなくなり自暴自棄になったりしていた少年にとっては、贅沢な悩みでもある。

 しばらくして、電話を入れた。
「そろそろ決めないと、どっちに対しても失礼になるよ。今は、なにで悩んでいるの?」
「いや、どちらもいい職場だし、頑張っていけると思うんだけど、おれ、断ったりするのが苦手で・・」
 ここは、しっかり悩んで、本当に自分が行きたいところを自分で決断するようにアドバイスした。
「断るときは、失礼がないようにきちんと伝えればいいよ。社長も施設長も筋を通せばわかってくれる人だと思うから。」

たぶん、彼としては、僕がどっちか決めてくれた方が楽だろうと思う。でも、ここで楽をさせてはダメだ。だって、審判後に誕生日をむかえて、もう二十歳をすぎたのだから。
 大人としての最初の決断をもうしばらく見守ろうと思う。

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