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『申し訳なくてねぇ』

■ 申し訳なくて
「あの子は、保護観察になったんですね。今回はなんていっていいか。申し訳なくてねぇ。」
 野口さんは、北九州市にあるガソリンスタンド野口石油の代表者だ。このころすでに90人以上の非行少年を従業員として受け入れた実績があり、新聞やテレビでも紹介され、多くの表彰を受けていた。
 その野口さんがなぜ、誰に「申し訳ない」と思う必要があったのか。
■ やんちゃな少女
 もともと要保護性が高めの女の子だった。送致事実は、窃盗と暴行。集団でショッピングモールに行って、ごっそりとジーパンを盗んだうえ、警備員にも暴力をふるっている。本来であれば、強盗になってもおかしくない事案だったし、他にも余罪の車上荒らしなどがあった。
 18歳だった少女はすでに少女苑に入所した経験があった。その後、しばらくは真面目に仕事をしていたこともあったが、非行少年らのグループと付き合い出すと、生活は乱れていき、グループのなかでも率先して非行に手を染めるようになっていった。
 元気すぎて衝動が抑えられない、という最近では珍しいタイプだったが、何度か面会に行くうちに、徐々に心を開いてくれるようになった
 事件は、福岡市内で起こったものだったが、少女の住居は、北九州管轄だったので、事件は家裁に送致されると小倉支部に送られ、少女も小倉鑑別支所に移ることが予想された。
 「やっぱり私が小倉に移されたら、会いに来てくれないですか。別の弁護士に代わるんですか。」などという。
 まあ、そのままぼくに付添人をやってほしい、という趣旨の発言だろう、と理解してしばらくの間、小倉の鑑別支所まで通うことになった。
■ 野口石油で働きたい
鑑別支所で、僕は「どういうところで働けば長続きするかな」と聞いた。
すると、少女は「ひとつ行きたいところがあるんだ。テレビで見たガソリンスタンド!あそこなら頑張れると思う。」という。
「それって、野口石油のこと?」
「そう、そこ。」
 野口さんとは、この事件の1年ちょっと前に知り合い、福岡県就労支援事業者機構を中心とした非行少年の就労支援活動を一緒にやっている間柄だった。
 多少は遠くなるが、少女の自宅から野口石油に通うことも可能だ。
 普段、全国各地から子どもを雇ってほしい、という申し込みがあり、順番待ちになっているときもあるとは聞いてはいたものの、思い切って野口さんに頼んでみると、快く引き受けを承諾してくれた。
 審判で小倉支部を尋ねたときも、調査官や書記官が野口さんに挨拶しにきて、別件の少年の近況などの情報をやりとりしていた。やはり、「野口石油」の小倉支部での知名度は抜群のようだった。
 そのおかげもあって、なんとか在宅試験観察となった。
■ 残念な保護観察
 野口石油で働きはじめた少女は、持ち前の元気さと笑顔ですぐにスタンドにも馴染んで、しばらくは順調に働いていた。
 しかし、あるときから遅刻や無断欠勤が目立つようになってきた。朝から電話やメールをしても、昼過ぎになって「今、起きました。明日はちゃんと行きます。」などという返信が来る。特に職場に不満があるわけではないようだが、仕事をさぼる原因がわからない。
 ちょうど、そのころ、全国ネットのテレビ番組が、野口石油に取材が入った。
 今日は来ているだろうか、と心配しながら、スタンドへ向かう野口さん。その日は、出勤していた少女の姿を見て、目を細めて喜ぶ。少女も喜んで野口さんに近づいてくる。「せっかく雇ってくれた長のことは裏切れないから」などと少女が言っているシーンも映し出されており、このままうまくいけばいいな、と思った。
 ところが、その後も、新たな非行などはないものの、遅刻、無断欠勤は続いた。
 ある日、家庭裁判所から、終局審判をするとの連絡があった。このように就労がうまくいっていない場合であっても、試験観察中に新たな非行がなければ、保護観察で終わらせる場合も少なくない。
 家裁としてはそのような方針であることはわかっていながら、付添人としての意見書には、「今後もかかわりを続けたい」との思いを込めて、試験観察を継続すべきとの意見を書いた。裁判所からは、「調査官が保護観察意見なのに、試験観察意見なんですか?」と確認されたが、「そうです。」と答えておいた。
 ただ、審判結果はやはり保護観察であった。
 裁判官は「この雇用主、この付添人でなければ、まず試験観察にはなってない事案です。だから、こうやって保護観察にたどり着いたことを感謝して、チャンスを無駄にしないようにして下さい。」と少女に語っていたが、どこまで少女のこころに響いただろうか。
なんとも残念な保護観察となった。
■ 野口さんの思い
 遠方で講演会が入っていたため審判に出席できなかった野口さんに、保護観察となったことを報告すると、野口さんはこういった。
「あの子は、保護観察になったんですね。今回はなんていっていいか。申し訳なくてねぇ。」
「多くの子を雇ってきたけど、ここまで欠勤を繰り返して、いうことを聞いてくれなかった子はあんまり記憶にないんです。」
「仕事に来たときは、元気に働いてくれていただけにね。」
「野口はただのガソリンスタンドのオヤジだから、心理学とかなんとかたいそうなものは学んでないんです。もう少し、私に知識や経験があったら、あの子のことを変えてあげれたかもしれない。そう思うと、申し訳なくてねぇ。あの子に」
 この話を聞いて、“せっかく野口石油を紹介したのに、なんでちゃんと働いてくれないんだ。”と少女に対し、ちょっとだけでも腹が立っていた自分が恥ずかしくなった。
■ その後の少女
 保護観察となったあとも、ほとんど野口石油に顔を出さないまま、正式に辞めてしまった少女だが、その後も、ぼくのところにはちょくちょく連絡がくる。
 友だちがつかまった、とか、詐欺にあったとか、そういう話であるが、なにかしら頼れる存在だと思われていると理解して、アドバイスは送るようにしている。
 すでにあれから5年ほど経ったが、本人が捕まったという話はなかったので、再非行はなかったといってよいのだろう。
 どこまで力になれたかはわからないが、幸せに過ごしているならうれしいと思う。

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