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『奇跡的な審判』
■ 少年の就労先
調査官の意見は、最初から少年院送致で変わらなかった。そういうときだからこそ、努力して、裁判官に違って意見をもってもらわなければならない。
少年と話しているなかで、地元を離れて、仕事をするという案が浮上した。少年が肉体労働をやっていた今は隣県で、イタリアンレストランをやっている、というのだ。
本来であれば、一度、店まで行っておきたかったが、時間がない。少年の知り合いであるオーナーに連絡を入れて、とりあえず職場であるレストランの写真を送ってもらった。みな、きちんとした制服をきて、ハンチング帽をかぶっている。40歳前後とみられるオーナー以外に、少年と同世代くらいの若者が数名、笑顔で働いている。好印象だった。
■ 奇跡的な審判
少年審判手続きは午前11時から始まることになっていた。その1時間ほどまえ、審判に出席してもらう予定だったイタリアンレストランのオーナーから電話が入る。
「すみません、事故で、高速道路が渋滞していて、時間までに家庭裁判所にたどり着けるか、わかりません。」
とりあえず、できるだけ早くお願いします、というしかなかった。
そのような事情も事前に裁判所に説明していたこともあってか、裁判官は、丁寧に事件に至るまでの少年の心情を聞き取っていった。ここでは詳しく触れないが、少年自身、いろいろな葛藤のなかで、事件を起こしてしまっていた。母親も、少年の心情の変化に気づいてあげられなかったことを嘆き、涙を流した。じっくりと話を聞き、本音が現れている素晴らしい審判だった。
ただ問題が一つ。かなり丁寧に時間を割いて話を聞き終わっても、オーナーが家裁に到着しない。
書記官が「もうそろそろ終了でいいんじゃないですか」と催促するところを、裁判官が「いや、もう少し、話を聞きながら待ちましょう」といいながら、審判を続けたが、それでも現れない。
「もう12時になりますし・・」と書記官が再度、促し、裁判官も仕方ない「そうですね・・」と審判を終わらせようとしたそのとき、別の裁判所職員が、「雇用主の方、到着されました!!」と知らせに来てくれた。
こんなにハラハラさせられる審判も珍しい。
■ ドレッドヘアーの雇用主
ぎりぎりで審判廷にたどり着いたオーナーを見て、驚いた。写真では、ハンチング帽をかぶっていたので気づかなかったが、ドレッドヘアーだったのだ。どんな髪型をするかはもちろん、自由だが、当時としては相当奇抜な印象だったし、審判廷に似つかわしくないのは間違いなかった。
それでも、事前に電話で聞き取った印象と同じく、少年のことを心配しており、更生の手助けをしたい、という意思は強く、はっきりとそのことを裁判官の前でも話してくれた。その後、裁判官の質問が始まる。
ひととおりの質問をしたあと、何気なく裁判官が、オーナーに質問した。
「先ほど、あなた自身も若い頃、非行に走ったことがある、といっていましたが、あなた自身は、少年院などには入ったことがありますか」
「はい、あります」とオーナーが答える。
ぼくが事前に電話で聞き取りしたなかには、含まれない情報だったので、少し焦った。当然、このような場面でどう答えるべきか、などという打ち合わせもできていない。
「でも」とオーナーは続ける。「そんな、間違い犯した人間だからこそ、そこから立ち直った人間だからこそ、彼を立ち直らせる役にたてる、と思うのです」
すばらしい、説得力のある回答だった。
■ 審判結果
こうしてひととおりの質問を終えて、審判は最後の手続きに入る。
「付添人は、事前にいただいた意見書の通りで変わりはないですね。」
「はい。」とぼくは答える。今回は、ギリギリの事案であり、保護観察は難しいだろう、と考えて、ぼくは試験観察を求めていた。
ただ、試験観察というのは、調査官が主導で行うものであり、調査官が積極的にならないと実際上、実施することは難しい。その点、今回の調査官は、最初から少年院送致の意見に固執していた。とすると、試験観察を勝ち取ることも難しいかもしれない・・・
「調査官は、事前に提出した意見のとおり、変更はありませんか」と裁判官が聞くと、調査官は「変更ありません」と答えた。再度、裁判官が「試験観察は難しいですか」と調査官に聞くと、調査官は、「そんな遠隔地での試験観察なんて無理です!」ときっぱり答えた。
いよいよ、裁判官が最終的な判断を下し。
「調査官が試験観察は無理だといっているので、今回は、保護観察とします。わざわざ遠方から駆けつけてくれたオーナーさんに感謝して、まじめに働くようにしてください」
調査官は、あっけにとられたような様子だった。
調査官の意見にしばられず、自分が見聞きした事実で判断をする素晴らしい裁判官だった。審判を早めに切り上げ、オーナーが到着する前に終わっていれば、また結論は変わっていただろう。オーナーの一言人この説得力がなければ、結論は変わっていただろう。
そう思うと、本当に奇跡的な審判だった、といまでも思う。