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黄昏鰤 第34話

68日目 「報復!見ないうちにずいぶん大きくなって」

 巨大な蝸牛と別れてから、廃れたスーパーの周囲をぐるっと歩いてみたが、入り口が全て塞がれていて、中の様子は見ることができなかった。人がいるような気配は感じない。
 と思ったが、裏口にひとり、いた。畳んだダンボール箱の山に隠れるように男が座っている。べり、べり、と音が聞こえる。そっと窺うと、ダンボールの板を齧って、食べているようだった。
 不意に男が動きを止める。咀嚼していたダンボールをぺっと吐き出し、立ち上がった。2mはあろうかという長身が、痩せているせいでさらに細長く見える。
 男はまっすぐこちらへやってきた。

「やあ、いい匂いがすると思ったら、化け物か」

「……こんにちは」

「こんにちは、こんばんは?ははっ」男はおれを見下ろし、軽薄に笑った。口の中の牙がかすかに光る。
 と、笑みを保ったまま、すうっと目を細めた。

「……君、前にも会った?」

「えっ?」

 おれは男の顔を見上げてよく観てみた。爬虫類のような温度のない目と薄い眉。長身のわりに、奇妙に幼い顔立ちをしている。記憶の水瓶がわずかに波立つような感覚はあったが、思い出せなかった。こんなに特徴的な風体をしていたらさすがに忘れないと思うのだが。

「……すみません、わからないです」

「そう。まあいい」男はまた牙をきらめかせて笑った。「俺ね、お腹ぺこぺこだったんだ。ダンボールはあんまり美味しくないんだ。でも元気なくって、前みたいにゴハンを襲うの、疲れちゃうからできなかったの」

「……」

 牙。記憶がまた波立つ。

「だからね、君にまた会えて嬉しいよ、前はちょっとだけしかわからなかったけど、君、うまいよ」

「前……」

「うまい、うまい、旨いものは何度でも食べたいもんさ」

 気がつかないうちに、両肩を彼に掴まれていた。警戒できない自然な動きだった。彼は静かに笑んでいる。
 する、と手が動き、おれを抱き寄せた。体温が伝わる。嫌悪が湧き上がる。前にも、そうだ、こんな。男はおれの耳元で睦言のように囁いた。

「俺、君に、捨てられたんだ。むかぁし。覚えてないんだ……?」

 覚えて、いる。牙のある、痩せた……あれは小さな少年だった。おれが崖下に投げ捨てた!

「なんちゃって!」おれが男の正体に思い至ると同時に、首に激痛が走った。男がその牙でおれに食いついている。噴き出した血をぢゅうと吸われ、血で染まった首筋を舌でぞろりと舐められる。おれは嫌悪が臨界を超えた。もはや激昂していた。「離せぇッ!!」右手で男の体を薙ぐ!

「んはは」

 男は細長い体を器用に翻し、躱した。牙は相変わらず首に食い込んでいる。このままでは噛み千切られてしまう、と恐怖した瞬間、指で獣耳をするりと撫でられた。おれは怒りで言葉と思考が全部吹っ飛び、視界がスパークして宇宙を見た。

 男の頭を右腕で殴ろうとして、勢いあまって拳を握る前に手がぶつかってしまって、首にぶつかった中指が大きく男の肉を抉った。

「んッ」

 派手に血が噴き出す。おれは男の首を掴むと、そのままぐしゃっと握った。肉と骨と、よくわからない中身がごっそり抜ける。わずかに残った筋肉と皮が体重で千切れ落ちて、頭だけ残して男は倒れた。
 噛み付いたままの男の顎を無理矢理外す。思いっきり遠くへ向かって投げたら、駐車場の敷地を遥かに超えて、黄昏の空へ消えていった。どこかへ落ちた音は聞こえなかった。
 首を押さえる。出血が酷いが、圧迫すれば止まるだろう。おれは男の体を放置して、その場を後にした。血が止まるにつれ、ようやく怒りも消えていった。


【魂15/力12/探索3】『獣耳、角、火玉、竜尾、鬼腕』

(つづく)


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