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黄昏鰤 第11話

16日目 「不貞寝!第5の異形と差し入れ再び」

「ッわあ」

 びくん、と体が跳ねて目を覚ました。開け放しだった口からよだれがこぼれて、急いで拭う。がつん、ごりごりと音がする。不思議に思ったが、周りの状況のほうが気になった。ええと、ここはどうやら砂場の真ん中だ。砂場とすべり台だけの小さな公園にいた。
 おれが座り込んでいる目の前に、砂の山がこんもりとある。しゃる、と音を立てて、一角が崩れた。山はあちこちに四角い突起がある。どうやら砂の城を作ってあったらしい。音を立ててひとつ、崩れる。また崩れる。見る間にただの砂山だ。こんなものか。城と山の境など。
 また城に戻したくて、両手で砂をかきあつめてみた。なんだか砂の感触が遠い。手をよく見てみると、肌がかちかちに硬質化していて、まだらな灰色になっている。手を合わせてみたら、かつんと鳴った。
 かつん。かつん。かつん。深呼吸を一回。おれは砂山に顔を突っ込んだ。角も耳も燃える右目も、ぜんぶ埋もれるように頭を押し込む。肘から先も突っ込んで砂山を抱きしめる。そのまま目を閉じて、もう一回寝た。

 砂場の中、泥みたいに眠って、首と背中を痛めて起きた。体を起こして顔についた砂を払っていると、周りの状況に気付く。
 砂場を埋めるように、白い花が敷き詰められていた。以前、何者かが廃屋で献花のように置いていったのと同じ花だ。今度はもはや葬送のようだった。
 よく見てみれば、これまたあの時と同じく、缶ジュースが花に埋もれて置かれている。手に取ってみる。硬くなった肌では温度がよくわからない。しかし、喉に流し込めば、心地よい冷たさがたしかに感ぜられた。一気にごくごく飲んで、花の中に倒れこんだ。
 右目がかつてないほどごうごうと燃えるので、花を炙ってしまわないよう気をつけつつ、おれは花に埋もれて三たび眠った。


17日目 「打倒!初めての勝利……」

 そいつは何に似ているかと言われれば亀だった。遠目で見ればの話だが。交差点をみっつ挟んだ道の先にいる何かは、四本足で、甲羅に入っていて、首が長かった。おれと目が合う。嬉しそうにこちらへ駆けてきた。亀に喩えるのは失礼なぐらいの速度だった。体の大きさもトラックほどで、もうあれを亀だと思ったおれの間違いだ。
 おれはしゃにむに逃げた。間違いなく、おれを喰うつもりだ。そういう雰囲気だ。なるべく細くて入り組んだ道を選んで逃げる。しかし、執拗にそいつは追いすがってきて、距離をどんどん詰められてしまった。
 走る先が袋小路になっているのが見えた。しまった、さっきの細い路地裏に飛び込むべきだった。今更引き返せば怪物の口に飛び込むだけだろう。
 どうする。何かないか。何か。隅に落ちていたブルーシートをひっつかんで、体を隠した。
 我ながら杜撰すぎる隠れ方だ。この行き止まり、人が隠れられるところなどほとんど無い。あっさり見つかるだろう。足音が響く。おれの少し手前で止まる。上の方から、なにやらばきばきという音がする。
 しばらく経ったが、シートをめくる様子はなかった。
 シートの隙間から、そっと様子をうかがってみた。怪物は立ち止まり、首を伸ばして民家の木を食べている。くちばしがばきばきと枝をむしる。
 今なら、逃げられるかもしれない。走って、あの路地裏に入れば。行き先を見る。通るには、あいつの体の下をくぐらなければならない。
 無謀なことを考えているとは思ったが、他にどうしようもなさそうだ。タイミングを計る。怪物が口の中の葉と枝を噛み砕く。飲み込む。新しい枝に喰らいつく。今だ!おれはシートから抜け出て、そっと奴をくぐり抜けようとした。体のちょうど真下で、何かに巻き付かれた。
 ぬめぬめとして、橙色で、長い。

「こんなトコに口があるなんて、思わねぇよなァ?」

 後ろから声がする。怪物の首がさかさに覗き込んでいる。枝を咀嚼しながら、おれをにやにやと見ていた。

「肉はそっちで喰うんでなァ」

 上、怪物の腹に目を向けると、がぱりと開いた口があった。
 甲羅がそこだけ丸く穴が空き、牙のびっしり生えた口が開いている。おれを丸呑みできる大きさだ。そこから伸びた舌がおれを捕らえていた。

「うーん、いい顔だねェ。じゃ、いただきます」

 ぐん、と持ち上げられて、頭から腰までを口に含まれた。

「う、わ、嫌だッ!」

 四方に生えそろう牙にぐいぐいと押される。しかしそれはおれの石のような肌には刺さらないようだった。しかしめきめきと圧迫され、腹がちぎれそうになる。おれは錯乱して口の中で暴れまくった。頭を振り回す。角に生えた棘が、怪物の舌にざくりと刺さった。
 怪物は呻きながらも、おれを足まで口に入れる。牙でがぶがぶと噛んでくる。おれは角をあちこち突き刺した。喉奥のやわいところへ叩き込む。腕と拳に生えた棘も殴って刺す。真っ暗で、なにやら体液にまみれて、ここが口なのか喉なのか胃なのかはよくわからなかった。
 怪物は酷い悲鳴を上げて転げまわっている。おれも中でぐるぐる回る。角を刺して、肉を裂いて、天地もわからないまま暴れた。
 角が肉を突き抜ける。がつんと硬いものに当たる。角の穴を引きちぎって広げ、手で撫ぜて調べると、すべすべした壁があった。怪物、肉の塊は、静かだ。壁を何度も何度も殴りつけると、しだいにひびが入り、亀裂が走った。黄昏色の光がまぶしい。なんとか通れるまでに角で押し広げ、からだを引きずり出す。
 無傷だったが、全身余すとこなく血と肉片まみれだ。ぜえぜえと呼吸を整えようとしても、うまくいかなかった。

 おれは、死ななかった。斃してしまった。怪物を。「立派な化物だな」また頭の中で声がする。路地裏には、体内をかき混ぜられ、甲羅を真っ二つにされて絶命した怪物の残骸と、それにめり込んで座るおれと、広がり続ける血溜まり。ぜえぜえと、呼吸は一向に整わない。

まあ、なんにせよ、生きていたことは嬉しかった。


18日目 「ウカツ!ここまでされる謂れはある?」

 怪物の亡骸はほうっておいた。血で染め上がってしまったシャツは脱ぎ捨てた。背中にも生えた棘に貫かれていて、そもそも穴だらけだったらしい。頭からつまさきまでべっとり付いた体液をどうにか落とせないものか。落ち着いてみると酷い臭いだ。川か水場で流したい。
 水の音がしないかと、耳を澄ませながら、うつむいて歩く。足跡がべたべたと残っている。だんだん薄くなっていく。水の音、水の音……。
 ふと、ひとつ鳴き声がした。にゃぁん。
 猫?

 あの黒猫か?もっと耳を澄ますが、それきり声はしない。だが、空耳だとは思いたくない。あの猫に会いたい。また顔が見たい。おれは聴覚を研ぎ澄ませて、早足で歩き回った。もう一度、もう一度鳴いてくれ。絶対に見つけるから。
 そんなわけで周りをまったく見ていなかったため、以前ひどい目にあった役場に再び来ていたことに、またしても鉄柵門で押し潰されるまでまったく気がつかなかった。まあ、そりゃ血だらけの化け物が入ってきたら殺すよな。猫の声は結局聞こえなかった。


【魂8/力5/探索3】『獣耳、角、火玉、棘、石肌』

(つづく)

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