黄昏鰤 第49話
90日目 「諦観!猫目の少女は震えて笑う」
寂れた小さな公園に、なぜかモーターボートが打ち捨てられていて、おれはそこで少女に出会った。高校生くらいだろうか。細い体を抱きしめるようにしゃがみこみ、ボートの上で震えている。気温のせいではない。あまりに痛切な雰囲気で、おれは思わず声をかけた。
「……どうも」
少女は顔を上げた。顔面に大きな傷がある。ぱちり、と一度まばたきをした目は人間のものと違っていた。白目がなく、きんいろで、瞳孔が縦に細い。まるで猫のようだ、と思ってどきりとした。
「こんにちは」少女は小さく返した。体はまだ震えている。
「……あの。大丈夫?」そう尋ねると、少女はしばし沈黙したあと、質問を返した。
「ころさないの?」
「え?」
「私をころしに来たんでしょ?」
そんなつもりはなかった。首を横に振ると、少女は震えを大きくした。
「そんなこと言って」
「いや、殺さないよ、怖がらないでよ」
「怖がってるんじゃないよ」少女はかぶせるように反論する。「……そう、そっか、ころしに来たんじゃないのね。そしたらごめんね。でもお兄さん強そうだし大丈夫かな」
「どういうこと?」
「たぶん私、もうすぐお兄さんをころそうとしちゃうの」
「……どういうこと?」
少女は肩をぎゅっと抱いた。「化け物だもの、私たち。気づいたら、いつも、ころすかころされてるんだ。だから今のうちにころしてくれていいよ」そう言って、諦めたように笑った。顔の傷がつられて歪んだ。おれは黙った。少女の目は金色の空を見て、金色に光っている。
金色の猫の目。猫。おれはほとんど恍惚としていた。少女が訝しんで声をかける。
「……ころさないの?」
「……うん」
「死んじゃうよ」
「うん」
「死んじゃっていいの?」
「うーん」
「早くし――」少女は言葉を切った。体の震えの一切が止まる。
「うん」おれは目だけを見ていた。
少女の目が見開かれる。細かった瞳孔が、きゅいっ、と丸くなった。完全な円。金の光彩に縁どられた暗黒の瞳は、色は逆だけれど、満月に見えた。月、夜、懐かしいな。とても恋しかった。死んでもいいほどに。おれは目を閉じた。
【魂15/力13/探索2】『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』
(つづく)
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