黄昏鰤 第40話
78日目 「追加実験!この課題はさらなる研究の余地があると思われる」
代わり映えのしない、そして誰の気配もしない住宅街を歩く。猫もいない。
行く先に人影が見えた。ブロック塀の上を両腕でバランスを取って歩いている、白衣の少年だ。かつて会ったあの少年か、と目を凝らしたおれの眉が寄る。彼の肌が赤紫色だったからだ。
彼もこちらに気がついたようで、塀から下りた。何も言わずこちらへ近づき、まじまじと顔を覗き込んでくる。目を細めて睨みつけるように見てくるが、おれは知っている。あの赤紫になると、視界が悪くなるのだ。
しばらくして少年は明るい表情になって話しかけてきた。
「あー、うん、やっぱりいつぞやのお兄さん。肌の色戻ったんだね」
「君は……」
「これ?うん、伝染ったね」
少年は手を握ったり開いたりして、肌を眺めた。赤紫、ところどころに橙の縞模様がある。
「異形の種類は死因に準じるみたいなんだよね。燃え死ぬと火に強くなる、ってのは前に試して、わかった。そしたら火が付いた。まだあるよ、ほら」
言いながら白衣をめくると、火玉がゆらめくのが見える。肌とよく似た赤紫色の炎だった。おれもかつては同じ色をしていたのだろうが、火の玉に関しては自分で見えなかったので、その赤紫が少し物珍しく思えた。
「それで、この間、毒で死んだんだよね?僕」少年は白衣を戻し、おれに尋ねた。おれはしばし迷ったあと、頷いた。死んだというか、おれが殺してしまったというか。
「あー、そうかそうか!よかった!」
「よかった?」
「毒死については観察が不十分だったからね、あくまで仮定だったんだよ。毒死したんだよね。そうしたら僕は毒の異形を得た」彼の目はいつもの輝きに満ちている。「毒に強くなったのか試そうと思ったんだけど、あいにく自分の毒じゃ死ねなくて。お兄さんがまだ毒持ってたら実験したかったんだけど。まあそれはいいや」ぴっ、と人差し指を立てる。「火で死んだら火、毒で死んだら毒を得た。前述したように、異形の種類は死因に準じるらしい」
左手をゆっくりと白衣に突っ込む。そして同じくゆっくり引き出す。
その手に持つのは、「ならば、ほかの死因なら? 撲殺轢殺圧殺爆殺、刺殺なら?」錆びて刃こぼれした、包丁だ。おれは一歩後ずさる。「実験しよ? お兄さん!」甘い声でそう言うと、少年は斬りかかってきた!
「うわ!?」
白衣に赤紫の少年が、ぶんぶんと包丁を振り回す。おれは急いで距離を取った。
「死んでみようよ! きっと刃に強くなるんだ!いろいろ死んで、いろいろ強くなる! きっといつか最強になれると思うんだよ!」
「待って、待て! そんなことない!」
「なんで? 強くなりたくないの?」
「違うってば!」
死ねば死ぬほど強くなるなら、おれはそれなりに最強に近いだろう。だが一定以上の異形はどうやら同時に持てない、というのは経験で察していた。それを少年に言って聞かせたいとも思ったが、そんなことより今は殺されるわけにはいかない。隙を見て、逃げようとした。
だが、隙ができたのはおれの方だったようだ。右の腿に包丁が突き刺さった。「ぐぅッ」激痛に足がもつれて、転ぶ。少年は包丁を引っこ抜き、また振りかぶった。おれは咄嗟に彼の脛を蹴りつける。すっ転ぶ。だが倒れる少年が手に持つ包丁はおれの方をぎらりと向いている。
ドサリ、と少年はおれの上に倒れ込んだ。「う、え」肩を妙な方向にひねってしまった少年が立ち上がろうとする。おれは蹴り転がして、離れた。
思わず突き出して防いだ黒い右手を見る。手のひらを包丁が貫通している。それを左手で引っこ抜き、転がっている少年の胸へ突き立てた。赤紫の血が噴き上がる。急いで離れる。触れるとまずいことは知っている。どくどくと血溜まりを広げる少年を道端に残して、おれは立ち去った。右脚がめちゃくちゃ痛い。血はなかなか止まらなかった。
【魂12/力12/探索3】『獣耳、角、火玉、竜尾、鬼腕』
(つづく)
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