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黄昏鰤 第33話

66日目 「勝負!いわゆる教皇選挙」

「……あ、あー、ああ……」

 呻いている自分に気が付く。体が震えている。

「あああっ!?」

 最後に見た暗黒の穴を思い出して、思わず叫ぶ。あれはもういない。なんだったのだ。初めに見たときは、おれを助けてくれたと思うのだが。さっきは、何を、されたんだ?
 頭が、痛い。顔を手で覆う。と、左頬が濡れていることに気がついた。それが何故なのかはおれには考えつかなかった。袖で拭えばそれ以上濡れることもない。

「あー……」

 痛む頭と苦しむ胸をおさえつつ、おれは目の前の自分の影を見つめ続けた。

 どれほどそうしていたかわからないが、ぐす、と一度鼻を鳴らしてから、おれは座っていたガードレールから立ち上がった。薄い板はずっと座っていると尻が痛い。

「……猫……」

 ふらつく足で、また町を進むことにした。あんな白い影に、二度と会いたくない。黒い猫に、会いたい。

 あたりを念入りに見回しながら町を進んでいると、薄紫の柔らかい髪をした青年が話しかけてきた。

「こんにちは。君、けっこう強そうだ。だよね?」

 にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。

「こんにちは。黒猫見ませんでしたか」

「うん? 黒猫? さあね」

「見たんですか?」青年は肩をすくめた。「それより僕の質問に答えてよ。君強いよね?」

「……多少。で、黒猫、見ました?」

「握手しよう」

 そう言って、右手を差し出してきた。

「握手。そしたら教えてあげる」

 おれは右手を出して握り返した。痛みが走った。
 見ると、青年のガラス片のような爪先がぐさぐさとおれの手に刺さり、苛んでいた。

「我慢比べだ」青年は笑みを深めて囁く。「先に声をあげたほうが死ぬってルールでどう?」爪がさらに深く刺さる。

「……」

 おれは青年の暗い瞳を見つめながら、右手に力を込めた。

「えっ?あ」

 青年は手を見つめていた。おれの黒い腕に握りつぶされた彼の手を。拳を開くと、手首から先だった部分の肉やらなにやらがぼとぼと落ちる。青年は左手をすばやく動かし、おれの首を掴もうとした。おれの動きの方が速かった。体を回転させ、竜の尾で胸を打つ。青年は血を吐いて倒れた。

 男の服で手を拭ってから、爪が刺さったところを確かめてみる。影のように黒い手は傷跡を飲み込んでしまい、しばらくもしないうちに痛みも消えてしまった。青年の死体を置き去りにしてまた歩き出す。結局、黒猫のことは聞けずじまいだった。おれは質問に答えたのにな。

「うん、多少は強いよ、おれ……」


67日目 「再面接!それってあれなんじゃない?」

 猫を探しながら、黄昏色の町をまた歩き続けていた。
 家、家、家ばかりの景色がふっと途切れる。広い駐車場と、平たく大きな建物。廃れたスーパーマーケットのようだ。駐車場には死んだような車が数台と、異形のものがいた。
 車8台ぶんのスペースを占めているそれは、巨大な蝸牛だった。紅白の縞模様で、頭の触角がみっつある。以前、会ったことがある。おそらく同じ蝸牛だろう。

「こんにちは」おれがそう声を掛けると、こちらへ触角をにゅんと向ける。「こんにちは」と高い声で返事が来た。

「君の目はいくつ?」同じ質問をされた。おれを覚えていないのかもしれない。

「ふたつ」

「ふたつかあ」

「ねえ、黒猫見なかった?」

「黒猫? 黒猫の目はいくつ?」

「ふたつ」

「ふたつかあ」

「見てない?」

「わからない」

「そっか」お互い、ままならないな。

「今度三ツ目の人を見たら、君のことを言っとくね」

「ほんとう」蝸牛はにゅーんと触角を伸ばす。「仲間ができるかな」

「仲間はいるよ。会えるといいね」

「うん」

 蝸牛に手を振って別れた。彼は仲間を求めて、また町を行くのだろう。

 ふと、思い至る。おれは何を探しているのだ? 黒猫だ。黒猫だが……それはおれの、何なのだろう?
 初めて猫に会ったときのことを振り返る。そばにいた、それだけだ。それだけだが救われた。またそばにいてほしい。今このときも。そういう相手は、なんといえばいいのだろうか。
 答えは見つからなかった。猫に会えたら、わかるかもしれない。


【魂14/力12/探索3】『獣耳、角、火玉、竜尾、鬼腕』

(つづく)

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