青春の人体実験【第4話】不法侵入メリーゴーランド【#創作大賞2024】
【第4話】不法侵入メリーゴーランド
一旦治験の入院生活に慣れてしまえば、退屈な日々もあっという間に過ぎていく。ここに来る前は、この治験バイトが別名「人間モルモット」と呼ばれていることも知り、かなり警戒していた。しかし経験してみれば、治験ボランティアという正式名の通り、内容は真っ当なものだった。
そして、最初は赤の他人だった他の被験者の奴らとも、寮生活のように一週間寝食を共にすると不思議な連帯感も生まれていた。
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早いもので入院最終日の朝がやってきた。
「おはようございま~す!」
もう聞きなれた角ちゃんの甲高い声で起こされると治験入院生活、最後の一日が始まった。今日の投薬や検査が終われば今回の治験の行程はほぼ終わり、明日には釈放である。
俺達はその日もまた、決まった時間に食事をしクスリをのんでは血を取られつつ、色んな検査を受けた。もう一日のペースもつかめていたので時間潰しもそれほど苦にならなかった。
NHKの英語講座の録音も繰り返し聞いてセリフを覚えてしまい、持ってきた本ももう全て読んでしまっていた。しかし病院には、長期滞在する治験参加者を思ってか、ゴルゴ13、サバイバル、あずみなど超長編シリーズの渋い漫画(なぜか、さいとう・たかをの漫画が充実していた)が置かれていた。おかげで武器や生き残り戦略に関する要らない知識が身についた。
そして、一日の治験活動が終わり、最後の夜がやってきた。今晩が最後、抜け出さないわけにはいかない。
皆が寝静まったのを見計らって、また、細マッチョ、南米ゴリラ、寡黙兄さん、そして俺の4人で2階の窓から壁伝いに1階へと降りた。今日は麻雀最終戦だった。何日か一緒に夜中抜け出しているうちに、脱走の要領も良くなり、結構チームワークも良くなっていたのだった。
雀荘下のラーメン屋で腹ごしらえして、階上にある雀荘のドアを開けると、中はいつもと変わらず国分寺のオジちゃん達の煙草の煙が立ち込めていた。
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俺達は、ここ数日卓を囲む間に色々な話をするようになっていた。
寡黙兄さんは俺に、「外国ってどこ行くの」と言った。
俺が、オーストラリアなんすよと言うと、「オーストラリア? へー、行ってどうすんの」と言った。
俺は正直に、「具体的にどうなるかわからないけど、とにかく海外で仕事につくのが目標なんすよ。日本でこのまま普通に勝負してもなかなか勝ち目なさそうなんで」と正直に話した。
寡黙兄さんは、細マッチョにも、「ホタルはどうすんの」と言った。
「ホタルじゃないっすよ」と言いながらも、細マッチョはもっとラグビーのファンを増やしたいというようなこと言った。
「今は一部の熱狂的なファンはいるけど、このままサッカーや野球に負けてるわけにいかないっすよ。ニュージーランドやアイルランドのチームをもっと日本に呼びたいんすよね」
確かに俺もあまりラグビーの事は知らなかった。
すると寡黙兄さんは、
「へえ、いいな。俺もやりたいことがないわけでもないし、この生活も潮時かなあ。でもいつもなんか邪魔が入るんだよな」と言った。
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そしてそのうち、最終日だからこの辺で終わらせようということで、その日最後の半荘スペシャルが始まった。
結局、最後の半荘も寡黙兄さんがトップで上がり、ここ数日の精算をしたら、寡黙兄さんの圧倒的な一人勝ちだった。やはり学生の手に負える相手ではなかったようだった。それでももしかしたら、寡黙兄さんは少しは手加減していたのかもしれない。
精算が終わると寡黙兄さんは、「まだ時間もあるし、お礼に俺がごちそうするから少し飲みに行こう」と下のラーメン屋よりも良い居酒屋に連れていってくれた。
日中に治験の検査などはほとんど終わっており、明日はほぼ帰るだけという日程だったので気が楽だった。ラガーマンの二人も半端なく食って飲んでいた。
しばらくバカな話で盛り上がっていたが、ふと寡黙兄さんが「ちょっとまだ時間あるよな」と言い、いいところがあるからちょっと行ってみようといって電話を掛けて誰かを呼んでいた。寡黙兄さんは地元が立川でこの辺は詳しいようだった。
しばらくすると長い髪を明るい色に染めたとても綺麗な女性が手を振りながら店に入ってきた。寡黙兄さんの彼女らしい。
じゃ、行こう
外に出ると、女性がよく運転できるなというレベルの黒いデカい車が停まっていた。彼女は、寡黙兄さんとは対照的に良く笑い、受けると人懐っこく相手を叩くようなタイプの明るい人だった。
兄さんの言う、いいところというのは郊外の遊園地だった。車で行けば近いという。しかしもう夜中である。運転する彼女以外、俺達はもう結構酔っぱらっていた。
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夜の遊園地に着いたが既に閉まっているようだった。彼女が遊園地の敷地横の空き地のようなところに車を停めると、寡黙兄さんは、ここは昔、集会に使っていた頃は夜でも簡単に入れたんでちょっと見て来るよ、あとで携帯鳴らしたらここから入ってきてねと言うと、俺の携帯の番号を聞いてから彼女と二人で出て行った。集会って。
そう言うと二人は勝手知ったる感じで、柵の隙間のようなところから遊園地に入っていった。
しばらくすると俺の携帯に電話があり、入ってきて大丈夫と言うので、俺達は同じ柵の隙間から夜の遊園地に入って行ったのだった。中にはまだ灯りがついている乗り場も多かったがほとんど人はおらず貸し切りだった。もしかしたらメンテナンスの時間だったのかもしれない。
止まっているメリーゴーランドの周りに座って話をしていると、寡黙兄さんがふと言った。
「さっきやりたい事があるって言ったけど、それ、こいつとお店をやることなんだよね」
そう言うと、彼女の方に視線を向けた。
なんでも、寡黙兄さんは昔包丁握っていたこともあるし、調理師免許も持っているようだった。昔一回、独り立ちして店を出す話になったが、結局その頃、世話になっていた人の縄張り関係の問題で邪魔が入ってその話はご破算になったのだと言う。縄張りって。
そんなこんなで、面倒だからそれっきりになっているのだという。
「でも、さっきの話聞いてたらそういうこともう一回やりたくなってきたなあ。でも色々筋通すと面倒なんだよなあ。邪魔も入るし」
寡黙兄さんは言うのだった。彼女がそれを聞きながらうんうんとうなずくたびに明るい色の髪が揺れた。寡黙兄さんは、俺には他に家族もいないし、こいつがいるだけなんでまあ気楽なもんなんだけど言った。
彼女はとても人懐っこい人で良く話し、一気に俺達と打ち解けて、以前の開店計画がなくなった時のゴタゴタの事もなどもなんだか楽しい事を話すように教えてくれた。
そんな話をしている間、酔っ払っていた南米ゴリラがトレーニング代わりなのか何なのか園内の大きな銅像に何度もタックルをしていた。そしてしまいには額を切って流血しているようだった。飲むと血が騒ぐタイプらしい。
するとその音を聞きつけたのか、警備員らしき人がやってきた。俺達は息をひそめていたが、結局見つかってしまい笑いながら走って逃げて、車を停めていた駐車場に戻ったのだった。
***
時計を見るともうかなり遅い時間になっていた。俺達は寡黙兄さんの彼女に送ってもらうとまた国分寺の病院へと戻った。
彼女の車が消えると、また窓から、南米ゴリラ、俺、寡黙兄さん、細マッチョの順で壁伝いに二階に上がりそっと窓から入り、それぞれのベッドに戻って最後の夜を過ごした。色々回ったせいか結構疲れており、朝までぐっすり眠ることができた。
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「おはようございま~す!」
角ちゃんの声を聞くのもこれが最後だ。もしかしたら飯塚氏も角ちゃんも、二日酔いの俺達が発する匂いから、俺達が出掛けていたのに気づいてしまったのではないかと思ったが、検査も全て終わっているからなのか特にお咎めなしだった。
最後の角ちゃんの「おはようございま~す」の声で朝食を食べると、俺達はそれぞれ帰り支度を始めた。
タロットおじさんも、タワーPC基地を片付けていた。今回プログラムは完成したのだろうか。きっとしていないのだろう。
一週間ほとんでお布団で過ごしていた様子のカメちゃんはその日もギリギリまで寝ていたが、解散時間の前になると素早く起きて荷物をまとめていた。
一週間は結構長かった。でもそれなりに同じ病室の奴らとも話をして、昔経験した寮生活のような雰囲気でもあったので、ちょっとまた一人のアパートに帰るのが寂しい感じもした。
「それじゃ、また来月」
口々に挨拶すると、一人ずつ病院の玄関から出て朝の国分寺の街を駅へと向かい歩いて行った。一カ月くらい後にまたこの病院に来て一泊で診察を受けたらそれで、このバイトは無事終わりとなる予定だった。
つづく