銀河鉄道の真夜中(ブンゲイファイトクラブ3落選作)
「青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。」
僕は『銀河鉄道の夜』を枕元に置くと、ぼんやりと天井を見上げた。今日、学校で課題図書として感想文の宿題が出た。期限は金曜日までなので、あと三日あるけど家に帰ってきてから一気に読んだ。表紙は少年の姿を描いたきれいなアニメの絵で、題名も銀河鉄道というぐらいだから、銀河を駆けるカッコいい話だと思っていたら、案外、地味で冒険も何もない話だったけど、ひとつひとつの文章が妙に心に染み込むような感じがして最後まで読んでしまった。でも、どうしてザネリのためなんかにカムパネルラが、と思うと納得できないというか悔しいというか複雑な気持ちが湧きあがってきて、もう一度、布団の中で読み返し始めたところだった。
夜遅くなったので、続きは明日にしようかなと考えていると、天井に大きな牛乳の流れのような銀河が現れたように見えて、知らない間に僕は眠りに落ちたみたいだった。夢の断片のような光景がいくつも浮かんでは消えていった。
「銀河ステーション、銀河ステーション。」
不思議な声がして、僕は気がついた。小さな車室。青い天鵞絨を張った座席。車窓からは砂粒を撒き散らしたような星空。
僕はどこにいるのか、なんとなくわかった。でもどうして僕が乗っているんだろう。不思議だった。
気がつくと、僕は学校の教室に同じ組の七、八人と一緒にいた。
「ジョバンニのやつ、また先生の質問に答えられなかったな。」「銀河がたくさんの星の集まりというのも知らなかった。」「おかげで、カンパネルラまで答えられなかったじゃないか。」「カンパネルラがかわいそう。」「ジョバンニのせいだ。」「そうだ、ジョバンニが悪い。」「ねぇ、カンパネルラ、ケンタウルの祭り、きみも来るだろう。」「ジョバンニも一緒に。」「ジョバンニは放っておこう。」「ジョバンニはおとうさんからラッコの上着が来るから。」「ラッコの上着が来るぞ。」「やあい、ラッコの上着だぞ。」「ラッコの上着。」「ラッコの上着。」
気がつくと、僕は、また銀河鉄道の汽車の中だった。汽車はごとごとごとと音を鳴らしながら、天の川を走り抜けていく。車室の向こうの方の座席に、男の子と女の子が坐っていた。こちら側の席にカンパネルラとジョバンニがいた。
「おっかさんはゆるしてくださるかな。」
カムパネルラはずっとお母さんのことを気にかけていた。悲しそうな眸にうっすらと涙が浮かんでいる。
「この汽車はどこまで行くのだろう。」
「僕たちはどこまでもいっしょに行こうねえ。」
汽車は大きな黒い野原を抜け、ケンタウルの村を通過した。ずっと前から随分と長い旅を続けてきた気がした。
この後どうなるか、僕は朧げに知っている気がした。友達を助けようとした優しいカムパネルラがあんなことになってしまうなんて。いじめっ子のザネリが悪いんだ。いじめっ子は罰を受けるべきだ。溺れてしまえばよかったんだ。
「マルソ、烏瓜ながしで誰のが一番だ?」
「カトウのが先に流れてきた。ザネリのは少し遅れてるよ。」
「河の流れの場所が悪いんだ。もう少し奥の方に行けば、きっと僕のが一番になるんぞ。ほら。」
「ザネリ、舟から身を出すと危ないよ。」
「カムパネルラは黙っていろよ。ほら、もう少し。」
「ああ、危ないよ。」
「ああっ。」
大きな水音がした。離れた河原の岸に、牛乳を持った少年が立っているのが見えた。
気がつくと、また汽車の中だった。赤い帽子をかぶった背の高い車掌さんが巡回していた。
「切符を拝見します。」
皆は自分のポケットから切符を取り出すと、順番に車掌さんに見せた。車掌さんはうんうんと頷きながら一枚一枚を確認していた。僕の番になった。
「おや、きみはここでもう降りないといけないよ。」
「僕もいっしょに行きます。」
「駄目、駄目。君の切符はここまでだよ。」
車掌さんは有無を言わせず、僕の手を引いて一緒に汽車の扉から駅に降りた。
次に気づいた時、僕は白い服を着た巡査さんに連れられていた。向こうに自分の家が見えた。家には灯が点いていて、扉が開いて心配そうな表情のお父さんが出てきた。お父さんは何度も何度も巡査さんに礼を言っていた。「カムパネルラのお父さんには明日必ず……」という言葉が聞こえた。巡査さんが戻った後、お父さんは僕をぎゅっと抱きしめて言った。
「無事でよかった、ザネリ。」