【日記小説】 クリスマスの疾駆
2022.12.25
クリスマスは一年の中で割と楽しみにしている行事である。
といっても毎年充実したクリスマスを送ることはなく、ただクリスマスのムードが好きなのである。今年も一人か、という感慨にふけることも楽しみの一つなのかもしれない。クリスマスは昨日のイブも今日もバイトが入っている。入っていなければ家から出ないだろうし丁度良い。なぜか今日は思考がポジティブに働く。
以前休日のダイヤということを忘れてバイトに遅刻してしまったからそれ以来休日のダイヤには相当気をつけていて、今日も忘れていなかった。それでもギリギリに家を出て、駅に着き、ちょうど自転車を駐輪場に止め終わろうとしたとき、自分が乗る電車が来たのが外から見えた。走って改札の前まで着いたたとき、icocaの入った財布がいつも入れているダウンのポケットの中にないことに気がついた。やってしまったと思い、その場に立ち尽くす。
働き初めて早々2回目の遅刻はなんとしても避けたく、いっそ休んでやろうか自分は店にいなくてもいても同じだ、と店の電話番号を押しかけたが、それもそれで怪しまれそうな気もして、いい歳をしてバイトをサボるなんて人間として恥だとも思え、時刻表を見てみると、乗り換えで全力疾走すれば間に合わないこともないことに気づき、家に財布を取りに戻り、また駅へ向かう。
祇園四条駅に着けば、四条大橋を渡って阪急電車に乗り換える必要があるが、乗り換えるまでに与えられた猶予は4分。本来歩いてなら駅まで5分で着く距離ではあっても、信号待ちがあり、また駅に着いても改札までが遠く、場合によっては7分かかることもある。全力ダッシュすることは必然的。しかし僕は人前でダッシュをするということに関してかなりの苦手意識がある。普段遅れても許される場合はダッシュは絶対にしない、どれだけ遅刻に対する罪の意識があっても、ダッシュをする代わりに早歩きをする。しかし今回は絶対に遅れてはならず、早歩きではおそらく間に合わない。猛ダッシュする自分の姿を想像し、とても嫌な気分になる。
中学のときに走り方が変と友人に冗談で言われたことがあり、また中学の終わりバスケ部を辞め、1年間だけ所属した陸上部の顧問にも、君は横に揺れながら走る癖がある(顧問いわくバスケ時代のフェイントの癖らしい)と言われ、それらをいまだに引きずっている。とにかく走るだけでなく僕は街中での人の視線を意識しすぎるタチであるからより一層気になるのである。
祇園四条駅にもうすぐ着く。電車の扉前にスタンバイ。高校の体育祭のことも思い出す。体育祭でも走り方を意識して、あとで親に、フォームに気取られすぎちゃう?と見抜かれていた。あれだけどうでもいいと普段から言っている学生時代のことが今日はするすると出てくる。
プシューーという音ともに開いた扉から勢いよく飛び出した。ああもう視線が痛い。全方位から見られるている気がする。僕は手を振って走ると自分の哀れなフォームを露呈してしまうから、ダウンのポケットに手を突っ込んだまま、足だけを動かす。階段を2段跳びに駆け上がる。
階段を降りてきた人がびっくりした目で、ひいているのか優しさなのか、体をずらし道を開けてくれる。改札では勢いよく通過するとicocaが反応しないかもしれないと、改札前で少し減速する。
勢いを取り戻し、地上への少し螺旋状になった階段を駆け上がる。四条大橋上には長細い登山に持っていくようなリュックを背負った外国人観光客たちが道を塞いでいる。二人の外国人の間に一瞬できた空間を見逃さず、するっと抜けていていく。
日曜日のクリスマス、仕事が休みでクリスマスを満喫している人たちも多いことだろう。そんな中、仕事を想起させるようなことをして、しかも慌ただしく遅刻しそうな場面を見せつける自分は完全悪だ。しかも自分みたいなアルバイトの分際で。四条大橋を駆けながらそんなことを頭に浮かばせていた。
四条大橋は意外と長い。ぜいぜい息を吐きながら、四条大橋を渡りきり、阪急河原町駅につながる階段の前までたどり着く。電車はすでに待機していた。慌てて飛び乗り、時間を確認すると、発車の1分前だった。それならもうちょっと力を抜けばよかったかとも思えた。何はともあれ間に合ったことに安堵する。しかし関門はまだあり、バイト先の最寄り駅に着けば、始業時間までたったの2分しかない。バイト先までは徒歩3分の距離だ。でも嫌な気はしなかった。さっき四条大橋を渡っているときに感じた人前で全力疾走する謎の快感が理由である。