見出し画像

会計Column:開示書類の1桁数値は全部半角でOK問題

■1桁数値は全角、2桁以上は半角というルール

短信や有価証券報告書を作成する際、「1桁数値は全角、2桁以上は半角」という運用を実施している経理パーソンは多いのではないでしょうか。

例えば、
2024年
2025年月31日
という感じで、太字にした部分が全角になります。

…もう、こんなことはやめましょう、というのが本稿における筆者の主張です。

■費用対効果の観点

「1桁数値は全角、2桁以上は半角というルール」という運用は、やってやれないことはなく、開示文言チェックの際にも非常に神経質に確認されて表記ゆれが無いように多くの会社でケアされてきました。

しかしながら、正直言って「見やすい」というベネフィットを上回るコストがかかっていると考えます。

いやいや、そんな何百個も1桁数値が出てくるわけではないでしょう?そんなに手間がかかるものなの?と思うかもしれません。

例えば、「9月」の部分を「12月」に直したり、いつもは2桁以上の数値が出てくる文章の中でたまたま当期だけ金額が小さく「7億円」になったりと、3か月ごと、半年ごとに開示資料を作成するたびに全角→半角、半角→全角という表記変更が必要になる箇所が出てきます。

したがって、非常にミスが生じやすく、また機械的な検証も難しい部分になります。そのために、特に「検証」の部分で作成側の経理のみならず、監査法人にも目視で一定の手間がかかり、決算作業の負荷を無用に高めています(著しく、とは言いません)。

実際に、筆者が開示資料を作成していた時にも、表記ゆれを気遣ってくれる監査法人からも度々指摘をいただいていました。個人的には、そもそもそんなことは過剰サービスであって、監査法人も責任外として発見しても無視すればよいと思っています。

半角に統一することでどのようなメリットがあるのでしょうか。それは以下の2点です。

① 常に半角のみを使えばよいので、「1桁なので~」と気にする必要がなくなる。
② 表記ゆれの検証が、目視ではなく検索機能で実施できる。

②がかなり画期的で、「全角数値がないこと」を検索機能で確認するだけで、表記ゆれの有無が簡単に確認できてしまいます。

そもそも表記ゆれがあったっていいではないか、という割り切りもあり得ますが、もし表記ゆれを気にする場合には、「0」「1」「2」…「9」と文書全体に10個の全角数値の検索を走らせれば、表記ゆれで全角数値が混在していないか機械的かつ即座に確認できます。半角・全角混在前提だと目視に頼るケースが大半であるため、それに比べると半角統一をすれば負荷及びストレスが大きく減少します。

逆に、半角に統一することのデメリットはどうでしょうか。たしかに少しレイアウトが変わって、見やすさはやや後退するかもしれません。ただ、実際に半角・全角混在から半角に統一した会社の経理兼IR担当者である友人と会話した際には、以下のように言っていました。

「1桁数値は全角、2桁以上は半角」から「全て半角」に変更するにあたっては決算チーム内ではあれこれ言われたが、実際にサイレントで変えてみたところ社内、社外、投資家含めて、誰からも、何のクレームも無かった。変えたのですね、といったコメントすらなかった。そもそも変更に気付いた人もほとんどいないのではないか。監査法人からも変更に当たって反対も全く無かった。いままでのあの表記の修正や検証にかけた時間は何だったのだろう。

…もう、リソースの無駄使いによる過剰サービスは、やめにしましょう。他にやるべきことはたくさんあります。

■法令の観点

そうはいっても、このルールは法令で決まっているのではないのか、と思われる方もいるでしょう。(悪魔の証明ですが)法令上の要請が「無い」ことを明確に示す文書を見つけられていません。ただし、筆者の見聞の限りではそのような要請はないと認識していますし、これ以降の説明を読んでいただければ、皆さんも同様の推定に至ると思います。

もし公的資料や書籍などで、法令上の要請が「無い」ことを断言しているものがあればご教示いただけると幸いです。

■「有価証券報告書の作成要領」の観点

代替として、権威のある文書として、財務会計基準機構の「有価証券報告書の作成要領」を提示します。

↓以下が直リンクです(注:PDFで680ページあります)。
https://www.fasf-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/2/youhotext_202404.pdf

この文書は、有価証券報告書の記載事例や記載上の注意が、法令の根拠とともに記載されています。

この記載事例で「1桁数値は全角」となっているかというと、実際には…混在しています(オイ笑)。ただ、記載事例なので財務数値等の表記はないものの、項目などの数値はほとんど半角であり、たまに表記ミスで全角が紛れてしまっているような印象です。記載事例が表記ゆれしているのに、神経質に表記統一検証をしていること自体が馬鹿馬鹿しくすら思えてきます。

■例1

以下の表では、左側の「注1」が半角で、右側の「注1」が全角です。

ハイライトは筆者による(P48/600)

■例2

例えば、以下では表題の「4.」や、「4月」「3月」は半角、ですがなぜか「1日」だけ全角になっています。
※かといって別のページの記載事例で「1日」が全角で統一されているということでもありません。

ハイライトは筆者による(P348/600)

■「公用文作成の考え方」の観点

別の権威文書も見てみましょう。

昭和26年に国語審議会が建議した「公用文作成の要領」について、令和4年1月7日に「公用文作成の考え方」として内容を見直したものを、文化審議会が文部科学大臣に建議しています。

この中の「(付)「 公用文作成 の 考え方 文化審議会建議 」 解説」において、以下のように記載されています。特に決まりはないこと、全角と半角の混在した場合の懸念点、全角数字の問題点等について書かれています。

算用数字に全角を用いるか半角を用いるかについて、特に定めはないが、使い分けの考え方を文書内で統一する。その際、全角と半角が混在すると、印刷文字(フォント)の選択によっては、不ぞろいや不自然な空白などが生じ、読み取りにくくなる場合があることに留意する。とりわけ年月日などの一まとまりの部分では注意が必要である。また、データや金額等の数値を示す場合には、半角数字を用いる。全角の数字は、情報処理において数値として認識されない場合がある。

ハイライトは筆者による(P27/63)

■意見募集時

実は上記文書の意見募集時には、踏み込んだ記載として、当該文書内で「1桁数値は全角、2桁以上は半角」という例示を書いています。

例えばこの解説では、原則として一桁の場合には全角数字を用い、二桁以上の場合には半角数字を用いている。

ハイライトは筆者による(P27/48)

■意見募集

しかしながら、この点について、意見募集に当たっていくつか意見が寄せられました。

意見11は、半角統一の主張です。緑のハイライト部分も泣けますね。拍手を送りたいです。

ハイライトは筆者による

意見12は、読み取りに100%の自信はないですが、論旨を考えると「印刷を意識すべきで半角・全角を使い分けるべき(つまり「1桁数値は全角、2桁以上は半角」には賛成)」と認識しました。

ハイライトは筆者による

意見15は、半角統一の主張です。

ハイライトは筆者による

これらの意見を総合して仲裁したようなものが最終文書になり、「1桁数値は全角、2桁以上は半角がスタンダードであるかのような表現」は最終文書では無くなりました。

つまり、公用文の規範としては、意識的に、「1桁数値は全角、2桁以上は半角」ルールの推奨は行われなかったということが言えます。

※最終文書を再掲します。

算用数字に全角を用いるか半角を用いるかについて、特に定めはないが、使い分けの考え方を文書内で統一する。その際、全角と半角が混在すると、印刷文字(フォント)の選択によっては、不ぞろいや不自然な空白などが生じ、読み取りにくくなる場合があることに留意する。とりわけ年月日などの一まとまりの部分では注意が必要である。また、データや金額等の数値を示す場合には、半角数字を用いる。全角の数字は、情報処理において数値として認識されない場合がある。

■他社事例の観点

ここまで読んでも、まだ社内を説得できる自信がない皆さんのために、いくつか他社事例を共有します。

■事例:三菱商事株式会社

・2024年3月期の有価証券報告書では、ほぼ全編半角で統一。
・「1年」などいくつかの表記が全角というくらい(表記ゆれあり)。
・監査法人はトーマツ。

■事例:株式会社カプコン


・2024年3月期の有価証券報告書では、ほぼ全編半角で統一。
・表紙、内部統制報告書、確認書の章番号が全角というくらい。
・監査法人はあずさ。


■事例:SOMPOホールディングス株式会社

・2024年3月期の有価証券報告書では、月日は半角。必ずしも全編半角で統一されているわけではない。監査報告書も日付や条文番号は半角。
・監査法人はEY。

■まとめ

ここまで見てきたように、「1桁数値は全角、2桁以上は半角」は慣習ではあるもののこれを強制する明確なルールや権威文書は見当たらず、実務上も半角統一の前例があります。

決算開示を担当する皆さんは、本稿で紹介したエビデンスを利用して、社内でこの労多くして益少なしの慣習をぜひ見直してみてはいかがでしょうか。

この運用変更は、「ルール外の表記ゆれ」という発生してほしくないことが発生するリスクを低減し、「ルール外の表記ゆれを検証・是正する労力」という発生してほしくないことの発生を削減するという意味で、筆者が主張する「ゆる内部統制」の一つだと考えています。

本稿が運用変更のきっかけになれば幸いです。

■PR

▼ 経理での経験から後輩に身につけてほしいExcel周りのニッチな知見についての同人誌を執筆しました。
▼ 経理としてお勤めの方で説明文をお読みいただきご関心を持たれた方はぜひ!(ニッチな内容なので万人に刺さるものではありません)
▼ KindleUnlimitedなら無料。
※Amazonのアソシエイトとしてblancoは適格販売により収入を得ています。

いいなと思ったら応援しよう!