#7 甘さと苦さのハーモニー
ゴールデンチョコレート。
それは、私にとってドーナツ界の頂点に君臨する絶対王者。香ばしいクランチの衣がまとわりついたその金色の輪は、見る者に小さな幸福を約束する。ミスタードーナツに行くたび、私は迷わずそれを選ぶ。それだけのために訪れると言っても過言ではない。
しかし、最近の私はその愛しのゴールデンチョコレートに全く巡り会えない。先週も一度、今週に入ってからは三度も足を運んだが、いつも売り切れ。張り紙もないし、製造中止になったわけでもない。ただ、棚はいつも空っぽ。
そして今日、四度目の挑戦。少し早めに仕事を切り上げ、意気揚々とミスタードーナツの自動ドアをくぐる。目指すはあの黄金色のドーナツだ。祈るような気持ちでドーナツの棚を覗き込むと、ついに見つけた。そこにゴールデンチョコレートが鎮座している。
だが、それは最後の一つだった。
しかし、私の前に並んでいた20代くらいの若い女性がそのゴールデンチョコレートに目を留めた。
「あれを一つください。」
彼女の声に、私は思わず息を飲んだ。
「あ……」
思わず声が漏れる。
それに気づいたのか、彼女がこちらを振り返った。柔らかい黒髪に、品のある微笑み。目が合うと、彼女は少し首を傾げて言った。
「ゴールデンチョコレート、欲しかったんですか?」
「いえ、そんな……大丈夫です。本当にすみません!」
慌てて手を振る。彼女が注文したのだから、何も言うべきではない。それに、見知らぬ人に自分の欲望を押し付けるのは失礼だ。
だが彼女は穏やかな笑顔のまま続けた。
「よかったら、譲りますよ。」
「えっ、でも……そんな申し訳ないです!」
「気にしないでください。私、他にも好きなドーナツがあるので。」
彼女はすぐに店員に向かい、「やっぱりポン・デ・リングとエンゼルフレンチにします」と変更を伝えた。そしてゴールデンチョコレートを指差しながら、私に向かってこう言った。
「これ、ブラックコーヒーにすごく合いますよ。」
「えっ……コーヒーですか?」
私は思わず聞き返した。ゴールデンチョコレートはそのまま食べても十分美味しい。けれども、甘党の俺にはコーヒーと合わせるという発想はなかった。
「はい。甘さとコーヒーの苦さがちょうどいいバランスなんです。試してみてください。」
その言葉とともに、彼女は私に笑顔を向けた。その穏やかな表情に、私は断る理由を見つけられなかった。
「ありがとうございます……本当に感謝します。」
彼女は笑顔を見せたまま紙袋を受け取りながら、こう付け加えた。
「でも、ポン・デ・リングとエンゼルフレンチもコーヒーに合いますよ。ぜひ試してみてください。」
家に帰り、コーヒーを淹れてゴールデンチョコレートを一口食べた。その瞬間、彼女の言ったことがよく分かった。甘さと苦さの絶妙なハーモニーが口の中に広がる。これまでただ甘いものとして楽しんでいたゴールデンチョコレートが、まるで別物のように感じられた。
「ブラックコーヒーに合うなんて……知らなかったな。」
黄金色のクランチがコーヒーの苦さと絶妙に調和するその味わいは、何度食べても感動を覚える。けれども今日はそれ以上に、彼女の言葉と笑顔が味わいを一層深めてくれたような気がした。
「ポン・デ・リングとエンゼルフレンチもコーヒーに合う、か……」
ふと、彼女の言葉を思い出す。次回はいつものゴールデンチョコレートではなく、ポン・デ・リングを試してみようかな。
そんなことを考えながら、私は最後の一口をゆっくりと噛み締めた。