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#13 雪の中で見つけた温もり

大学4年生の冬休みも終盤に差し掛かる頃、僕は久々に将来のことを考えていた。進学を控え、次のステップへ進む前に、何か一つでも自分の殻を破るような経験がしたかった。

そんな時、大学のボランティアセンターで目に留まった「雪かきボランティア募集」。その文字を見た瞬間、「これだ」と思った。東京で生まれ育った僕にとって、雪は非日常の象徴だ。家族旅行で訪れた軽井沢のスキー場以来、まとまった雪を見たことなどない。けれど、だからこそ惹かれたのかもしれない。見知らぬ土地で、雪に囲まれながら人の役に立つ。きっと自分にとって貴重な経験になるはずだ。

新幹線に乗り込むと、次第に都会の景色は遠ざかり、窓の外には雪原が広がり始めた。糸魚川駅に到着すると、東京では見慣れない深い雪と澄んだ空気が僕を迎えた。足を踏み出すと、靴底から冷たさが伝わり、思わず背筋が伸びる。

集合場所には、既に地元の方々とボランティア仲間が集まっていた。お互い見知らぬ顔だが、どこか同じ目的を持つ者同士、自然と挨拶を交わした。支給された防寒着と雪靴に身を包み、いよいよ作業開始だ。

目の前に広がるのは一面の銀世界。ところどころで屋根の上に積もった雪を降ろしている人々が見える。「あれを僕たちがやるのか……」と、少し不安がよぎる。

「雪かきは初めてかい?」

地元のベテランらしいおじさんが気さくに声をかけてくれた。「はい、初めてです」と答えると、「まぁ最初はみんなそうだよ」と笑う。その笑顔に少しだけ緊張がほぐれた。

実際に作業を始めると、雪かきは想像以上に重労働だった。軽そうに見えた雪も、いざシャベルに載せるとずっしりと重く、思ったようには進まない。最初の30分で汗だくになり、息が切れた。

「ちょっと待って、こうやるんだ」

隣で作業していたおばあさんが腰を落とし、無駄のない動きで雪をかき分けて見せてくれた。その手つきはまさに熟練の域で、僕は思わず見入ってしまう。「力じゃないんだよ、コツだよ」と言われ、なるほどと納得する。

若さに任せて力で乗り切ろうとした自分を少し恥ずかしく思いながら、教えられた通りに体を使ってみると、驚くほど作業が楽になった。「技術ってすごい」と心の中でつぶやいた。

昼食の時間、僕たちボランティアは地元の方々が用意してくれた食事を囲んだ。温かい味噌汁に、地元で採れた米を使ったおにぎり。焼き魚や漬物まで並ぶ光景は、どこか懐かしさを感じさせる。

「このお米、美味しいですね」

思わず口にした言葉に、おじいさんは嬉しそうに頷いた。「ここで作った米だよ。雪が多いけど、その分水が綺麗だから美味しくなるんだ」と言う。噛むたびに口の中に広がる甘みと香りは、都会では味わえないものだった。

地元の方々と話しているうちに、雪の厳しさだけでなく、それを受け入れながら暮らす人々の強さや誇りを感じた。僕が何気なく見ていた雪景色も、ここで生きる人々にとっては過酷な現実なのだと知った。

午後も作業を続け、夕方には体力を使い果たしていた。それでも達成感は大きかった。「僕たちの力が少しでも役に立ったなら」と思うと、不思議と疲れが心地よく感じられた。

作業を終えると、近くの温泉へ案内された。湯気の向こうに広がる雪景色を眺めながら浸かる温泉は、まさに極上の癒しだった。冷え切った体がじんわりと温まり、芯まで溶けていくようだった。

夜は体育館で寝泊まりした。地元の布団屋さんが提供してくれた布団がずらりと並び、石油ストーブの暖かな炎が揺れている。その独特の匂いに、どこか懐かしさを覚えた。

「寒いけど、悪くないな」

布団にくるまり、僕は目を閉じた。疲れ切った体はすぐに眠りを欲し、静かに意識を手放していった。

翌朝、出発の時間がやってきた。地元の方々に「ありがとうございました」とお礼を言うと、「こちらこそありがとう。またいつでもおいで」と温かい言葉が返ってきた。その言葉が胸に沁みた。

雪かきという単純な作業の中に、こんなにも多くのものが詰まっているとは思わなかった。僕たちがしたことは小さなことだ。それでもこうして人と人がつながり、互いに感謝し合うことが何よりも尊いのだと感じた。

帰りの新幹線に乗り、車窓から遠ざかっていく雪景色を眺めた。昨日までの出来事が思い出となり、胸の中に温かな余韻を残している。

「また来よう、今度はもっと役に立てる自分で」

その思いを胸に、僕は東京へと戻っていった。都会の喧騒に包まれても、この冬の経験はきっと忘れないだろう。糸魚川の白い冬が、僕の心に優しい温もりを残してくれたのだから。

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